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30.楕円形のボールに賭けた青春 そして郷愁
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」
【今回の登場人物】
横尾秀子 白駒池居宅のケアマネジャー
立山麻里 白駒池居宅の管理者
羽黒 剛 横尾の元利用者
三郎丸渡 羽黒のラグビー部での親友
どこかで
誰かと繋がる不思議な縁
過去の時間は
今に確実に繋がっていると
認識する時
30.楕円形のボールに賭けた青春 そして郷愁
「羽黒さんがワセダでラグビーやってたという話はお伺いしましたが。それでレギュラーでメイジと激闘を繰り広げたとか… 」
横尾は前のめりになって三郎丸に質問した。
「羽黒君がそういったのですか?」
三郎丸は少し間を開けて話を続けた。
「今もそうですが、当時でもラグビー部は大所帯で、三軍いや四軍もあったかな? 1軍になろうと思うとそりゃ大変だった。私は1軍と2軍を行ったり来たり。一度だけメイジ戦でリザーブのスクラムハーフとして5分だけ出たことはありますが、それが1軍でのわずかな思い出ですね。」
そう言うと、三郎丸は照れ笑いをした。
「そうなんですか。1軍に入るのって難しいんですね。」
それまで何を話したらいいかわからなかった立山が感想を述べた。
「ほとんどの選手が1軍のジャージを着ることなく卒業していきます。でも最終学年の最後には、彼ら1軍に手も届かなかった連中が、早稲田のジャージを着て練習試合に出れたんです。だが、羽黒君はそれもならなかった。彼も袖を通したかったと思いますよ。」
「ということは、羽黒さんはレギュラーにはなれなかったのですか?」
羽黒は横尾に、自分は1軍と2軍を行ったり来たりと話してくれていた。 しかしそれはこの三郎丸氏のことだったかもしれないと思った。
「私と彼は妙に話も合い、気心も合う友人でした。しかし羽黒君は3軍から一度も昇格したことはありません。」
「そうだったんですか… 」
横尾はやはり羽黒の話はかなり盛ったものなのだと思った。
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「だけど彼は本当にみんなのために一生懸命でした。ボール磨きや靴のメンテナンスや、グランドの石拾いや、誰もが疲れてやらないことを彼は率先してやっていたんです。それも1軍の連中が勝てるようにという思いだけで。だから私が1軍に昇格になった時は、自分のことのように喜んでくれました。私が走れば、私がタックルすれば、私がパスをすれば、それはまるで自分事のように彼は感じていたのかもしれません。」
三郎丸の味わい深い話に、横尾は自分の考えを恥じた。
羽黒は話を盛ったのではなく、三郎丸の活躍を自分のことのように感じ、そして喜び、応援していたのだ。
「でもなぜ卒業時の1軍ジャージを着た練習試合に出れなかったのですか?」
考え込んでしまった横尾の代わりに、立山が質問した。
「それは、彼は卒業していないのです。」
「え?」
二人は三郎丸を見つめた。
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「どうも親父さんがやっていた会社が倒産して、大学へ行くどころではなくなってしまったのです。もちろんラグビー部にも顔を出せず、彼は退学していきました。」
二人とも沈んだ表情になった。特に横尾は羽黒の悔しさが身に染みるようにわかった。
「ほんとに1軍のジャージ、袖を通したかったでしょうねぇ… あ、しんみりとした話をしてしまいました。でもその後も羽黒君と私は交流を続け、先ほども言いましたが、彼には公私ともどもお世話になったのです。その羽黒君が横尾様に大変なお世話になったと言ってくれということだったので来させていただきました。横尾様、羽黒君になり代わり御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。」
三郎丸は立ち上がり深々と頭を下げた。
横尾と立山も頭を下げた。
その時、電話が鳴り、立山が呼ばれた。
立山麻里はその場で三郎丸にあいさつし、電話に出た。
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横尾秀子が外まで三郎丸渡を見送るために出た。
三郎丸は立ち止まり、横尾を少し見た。
「横尾さん、ですか。」
「はい?」
「もう、25年ほど前になりますかな~ 早稲田大学ラグビー部に素晴らしいスクラムハーフの選手がいましてね。彼なら絶対日本代表になれると私は見ていました。そしてあの年のワールドカップの日本代表選手に見事に選ばれたんですわ。横尾弘雄という選手でした。」
三郎丸はそういうと、ちらっと横尾の顔を見た。
「あなたのお名前を聞いて、彼のことをふと思い出しました。まるで彗星のごとく現れて、そして彗星のように消えてしまった。残念でした。確か結婚して1年経っていなかったような。奥様は今どうなされているのでしょうか… あ、年寄りの独り言です。それでは失礼します。」
そう言うと、三郎丸は再び横尾秀子に深く頭を下げ、その場から去っていった。
横尾は、「その横尾弘雄の妻は私です」と、告白しようとしたが、その決断をする前に、三郎丸は歩きだしてしまっていたのだ。
三郎丸の話に横尾秀子の心の中は熱い涙で溢れていた。
羽黒剛の話はもちろんのこと、自分の夫のことをまだ覚えてくれていた人がいたことが、何よりも嬉しかった。
しかし、もし羽黒が生きていたならば、もっとラグビーの話が出来たろうし、その話の中で亡き夫と、羽黒の接点も出てきたのではないだろうかと思うと、それが出来なくなった現実に、横尾の心は切なさに覆われた。
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