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7.話を聴いてくれる人の存在
東京渋谷区白駒地区にある、白駒池居宅介護支援事業所のケアマネジャーや、それに関わる人々、そして北アルプス山麓の人達の物語である。
【今回の登場人物】
立山麻里 白駒池居宅の管理者
想井遣造 居酒屋とまりぎの客
正木正雄 居酒屋とまりぎのオーナー
心の安全基地があると
それが場所であれ、人であれ、
再び前へ進める原動力になる
7.話を聴いてくれる人の存在
想井遣造が、とまりぎの暖簾をくぐって店内に入ると、カウンター席には立山麻里が一人ポツンと座ってビールを飲んでいた。
「あれ、立山さん早いね。」
「あ~想井さん! 良かった来てくれて!」
麻里は立ち上がった時少しふらついた。そのためもう酔っぱらっているのだということが想井にはすぐに分かった。
「やりさん、どうも色々溜まってるみたい。奥座敷で話を聞いてやって。」
マスターの正木正雄が奥の個室を指差して言った。
「あれまぁ~ じゃあ立山さん、奥へ行きましょうか?」
「は~い!」
立山麻里は想井を見て上機嫌だった。
「まぁ個人情報に引っかからない範囲で、心の中のもやもやを話してください。」
想井は正木が持ってきた黒ラベルの生ジョッキを、麻里のジョッキに当てた。
麻里は秋元ユキに関わるカンファレンスのことを中心に、話をぼやかしながら話し始めた。
想井はうんうんと、頷きながら麻里の話を聴いた。
「というわけで、みんながまるでAさんの行動は私に責任があるみたいに言うし、そもそもAさんが元気にデイサービスに通えてること凄いと思うのだけど、困った人としか見てないようだし。特に丹沢! あ、言っちゃった… すぐに投薬で解決しようとするし、なんでも私に押し付けてくるし、秋元さんのことを、あ、言っちゃった。Aさんのことを認知と言って、認知症の人のことを見下すような態度にめっちゃ腹が立つの! そして小村! あ、言っちゃった。あいつは自分が巻き込まれたくないだけっていうのが、まるわかりだし。だのに… 」
「だのに? 」
「勇気がなくて、私何も反論できなかった… 自分が情けないし、悔しいし、腹が立つ… 」
「そうかぁ~ 人を見下す態度に腹が立つし、そのことに何も言えなかった自分にも腹が立ったんだね。なるほど。それはしんどいね。」
想井はうんうんと頷いた。
「それに… 」
「それに? 」
「七海も私には冷たかったの。自分のところの職員に気を遣うのはわかるけど、七海まで私に押しつけて。最近石田さんという彼氏が出来てから、私のことは蚊帳の外みたいで、なんかいやだな。」
「なるほど。その点でも立山さんはつらかったんだね。」
「そう… でも想井さんにぶちまけて、ちょっとすっきりした。」
麻里は笑顔を浮かべた。
「そりゃよかった。まぁ七海さんも立場上板挟みでつらかったのだろうね。」
想井は一呼吸おいて話を続けた。
「じゃあ、次のステップとして、不満のぶちまけだけで終わるのではなく、前向きに考えることをやらないとね。」
「そうね~ でもどうしたらいいのか、私にはわからないわ。」
想井は少し考えてから返事した。
「山のおばばの話はこの前にしたよね? 覚えてる? 」
「覚えてますよ! 相手の目の動きからその人の思いを判断できるんでしょ。」
「そうそう。でもおばばとの話ではね、目を見るだけでなくやってることがあるんだって。時々人を理解するために、その人自身になって役者のように演じてみることをするらしいよ。」
麻里は理解しようとしているのか、黙って聞いていた。
「その人自身になって考えてみるということ。つまり登山者から見たおばばがどう見えてるかを想像するって。疲れて登ってきた登山者が見るおばばが笑顔で迎えてくれるかどうかっていうこと考えたら、登山者の気持ちになれるんだって。そしたらその人の気持ちもわかるようになるし、その人から見えている私が安心するような表情や言葉がけが必要なのだってわかるんやって。」
「あ、そうかぁ。その人にとって私たちの姿や態度や言葉は、凄くその人の行動に影響するっていうことですよね?」
「そうやね~。その立山さんがしんどかった会議も、皆さん中心の考えばっかりで論議してたんじゃないかなぁ。もしAさんがその会議を見ていたらどう思っただろうね。」
「確かに。Aさんの思いを汲むことはなくて、自分たちの困りごとばかりを解決しようとしていた気がします。」
「その通りだね。一番大切なAさんの思いがどこかへ行ってしまってたよね。前も話したことあるかもしれないけど、僕がAさんなら、自分の人生のことを勝手に他の人が決めていくなんて、なんか気色悪いね。たとえ認知症でもひとりの人として尊重されるべきやろな~ 」
普段の話では大阪弁を使う想井だが、標準語に近い口調で麻里に語り掛けていた。
「一度Aさんの立場で見てみたら、その妄想の本当の意味も見えてくるかもしれないね。まぁわたしゃケアの専門家ではないので偉そうなことは言えないけれど、これも山のおばばから学んだことやけどね。」
麻里の表情が明るくなった。
「想井さん、めっちゃ助かりました。七海にも不満を持ったけど、七海の立場で考えると、私も同じようなことしたかなって思う。私もAさんとはその場その場で関わっているところがあるから、もっとAさんの立場になって考えてみます。」
その麻里の言葉に想井は頷いた。
「じゃあ、あらためて乾杯しよう!」
想井は奥座敷から顔を出して、生のお代わりを正木に頼んだ。
麻里は気持ちを入れ替えて、想井に聞いてきた。
「ところで想井さんと山のおばばさんとはどんな繋がりなんですか?」
「実はおばばね、状態があまりよくないらしいんや。もうすぐ山小屋も冬季閉鎖になるので、おばばをふもとにおろさないとあかんし、色々大変やろうから、明日からちょっと山想小屋に行って来ようと思ってるんや。」
「そうなんですか… 」
麻里は明日から想井がいないのがちょっと寂しかった。秋元ユキのこともあり、色々相談できる想井には近くにいてほしいと思ったのだ。
「そのやまのおばば様と想井さんとは、どんな繋がりがあったんですか?」
麻里が率直に聞いてきた。
「あ、おばばとの繋がりね。少し長くなるけど聞いてもらおうかな。」
「聞かせてください!」
麻里は体を前に乗り出した。
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