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12.山のおばばの誕生
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第4話 「ぬくもりの継承」
東京渋谷区白駒地区にある、白駒池居宅介護支援事業所のケアマネジャーや、それに関わる人々、そして北アルプス山麓の人達の物語である。
【今回の登場人物】
想井遣造 立山麻里の相談相手。自称カメラマン
立山麻里 白駒池居宅の管理者
思わぬことで
バズることがある
それが狙いでなかったからこそ
なおさらだったのかもしれない
12.山のおばばの誕生
想井は最後の自分の感傷部分については立山麻里には話さなかった。しかし想井の中には深く刻まれた記憶だった。
「それで、鵜木畑さんのお母様を想井さんが担いで四国まで送り届けたのですか?」
麻里はやさしく想井を見つめていた。
「いや、それがね、母殿はもう四国には戻らない、この山小屋で暮らすと言い出してね、みんな大騒ぎになったんです。」
と言って想井は笑った。
「小屋にいても邪魔になるだけっていう思いが僕たちにはあったんだけど、母殿は、私にも何かできることがあるはずと言って、山を下りる気は全くなかったんですわ。登った日に見た夕陽がよほど気に入ったみたいでね。そこで、みんなで考えた結果、受付に座ってもらうことにしたんや。それが山のおばばの始まりやね。」
麻里はようやく「山のおばば」にたどり着いたと思い、にんまりと笑った。
「まぁ最初のうちはぎこちなかったけど、そのうちに山のおばばの本領が発揮されだしたんや。四国では色々と人間関係で悩み苦しんで苦労したみたいだから、その体験からか、人間観察力の鋭いおばばになって、人の心を惹きつける存在になったんやね。その表情がほんわかしてるし、登山者には温かかったもんやから、SNSや山の雑誌で、あっというまに「山のおばば」として人気が出てしまったんやね。そして5年が経過したってわけ。」
「なるほど… 」
山に興味がなかった麻里ですら、何かの媒体で、山小屋に名物ばあちゃんがいるという記事を読んだ記憶があるくらいだから、かなり評判になったのだと言える。
「もちろん冬場は小屋を閉めるので、その時は担いで下ろしたり、次の春は担いで上がったり、僕も担ぐの手伝ったんやけど、結構それが大変なんや。」
想井は笑った。
立山麻里は無性に山のおばばに会いたくなった。しかし来週には小屋は戸締りし、山のおばばもおりてくるという。
後は調子が悪いというおばばの健康を祈ることしか麻里にはできなかった。
「私はお会いしたことありませんけど、想井さんから聞いた山のおばばの話、凄くすごく勉強になりました。うまくいくかどうかわかりませんけど、私、秋元さんのいやAさんのことで頑張ってみます。」
麻里は元気よく答えた。
「そやね。じゃあ、僕は明日からおばばに会いに行ってきます!」
「お願いします!」
麻里は元気よく想井に声を掛けた。
想井も麻里と話をして気持ちが少し楽になった。
「もうだめかもしれない」という鵜木畑の言葉が気になっていたからだったが、とにかく前を向こうとする麻里の表情を見て、沈んでばかりではいられないと気持ちを立て直すことが出来たからだ。
「とまりぎ」は、二人が奥座敷で話をしているうちに客で賑わっていた。いつもの風景がそこにあった。
(次回は、秋元ユキと受付の佐藤裕行との人生談義)
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