「うっかりヤクノジさん」
10月の1周目。今日もイヌイは競技の相手を探すように、自室の窓からグラウンドを眺めていた。その場に1人で存在し、且つ時間を持て余して居そうな者……と。イヌイは窓から離れ、自室の扉を開ける。どうやら相手を見つけたようだ。
他の一切を気に留めずグラウンドへ出ると、定めた標的に向かい歩みを進める。
「どうも、こんにちは」
「あ、イヌイちゃんだ。どうしたの?」
今回イヌイの発見した相手……ブルークラスのヤクノジが、グラウンドの片隅にいた。いつものスーツ姿ではなく、水色のジャージを着ている。
「いえね、ちょっとお散歩しとったら見掛けたモンで……なに、何かするンです?」
「僕は、まあ……色々な競技があるでしょ? 迷っちゃってね。運動会って何をすればいいのかよく分かってないし……一応着替えたんだけど」
色々と見ていたところだったのだろうか。へらりと笑っている彼の手には、太めの縄が握られていた。辺りには玉入れ用の玉や竹刀等も転がっている。特にこれをしなければならないという指定もないので、どれをやっても変わらない感覚のドールには少し難しいのかもしれない。
「他の競技も気にはなるんだけど……そうだ、イヌイちゃんこれ一緒にやらない?」
「あら、あたくし?」
イヌイがそう考えたのと同じように、ヤクノジも丁度良いと考えたのだろうか。手に持った縄を軽く上げながら、ヤクノジは綱引きをしようと提案した。自ら聞こうと思っていたものが向こうから発され、イヌイも反射的に返事が零れる。
「かまへんけども……なして?」
「マギアビーストの討伐とか仮想戦闘で、よく盾持ってるから……どうかな?」
「はあ、そういう……まあええよ」
9月の末頃、イヌイはとあるドールと綱引きを行っていた。結果は、1勝1敗。イヌイとしては、2度も競技を行う気は無かったのだが、競った相手に押され、そのように。あの時の結果はさておき、これによりイヌイは何となくだが綱引きのコツを掴んでいた。故に、単純な競技の先を、覗こうとしてしまった。
「あれ使うたらどうなんやろね、お面」
「あれって……僕が持ってるレリック? マギアビースト討伐とか、仮想戦闘の時くらいしか使わないからなあ……どうなるんだろう」
「……使うてみます?」
「そうだね、力いっぱい引っ張らなければ変なことにはならないだろうし」
この時、2人の頭からすっきり抜けていたが、今回開催されたクラス対抗PGPは、一般生徒も観戦している。彼等の目に何かおかしなものを映すと、校則の1つである『ガーデンに不利益になることを禁ずる』に引っ掛かり、罰則ポイントが3与えられるのだ。果たして今から行うことが彼等にどう映るか……
お面を持って戻ってきたヤクノジが、道具のある場所のすぐ横で綱引き用の縄を広げる。本格的な競技としてする気は無いらしい。然しまあこれも競技だと言えば成立はするだろう。
長く広げられた縄の両端に2人が立ち、それぞれで持つ。本当に試す程度、なんの気を張る必要も無い。縄を持ったどちらも軽い気持ちで居た。
「せーの!」
掛け声と共にヤクノジが縄を引く。
力を加減しながら綱を引いたはずだった。
然し、ヤクノジとイヌイの想定に反して強い力が生み出される。
「ぉあ__」
一瞬の出来事。地に立っていたはずのイヌイの身体は、空高く舞い上がり、ヤクノジの後方へと飛ばされていた。
「__さいなら__」
「い、イヌイちゃーん!!」
微かに届いた声を聞き振り返ったヤクノジがそれを視認した瞬間、真っ青になってイヌイを追いかける。勿論落ちる前に追いつくはずもなく……漸く見つかったイヌイは、太陽の花畑の中で横たわっていた。その後ヤクノジがイヌイを担いで保健室まで走り、ついでに携帯端末に通知が入ったのは、言うまでもない。
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