激動の時代を描く青春ミステリー 辻真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』【感想】【ネタバレあり】
このnoteでは、筆者が読んだ本の感想を定期的に投稿していこうと思います。
定期的にとは書きましたが、だらしない性格なので、更新がぱったり止まることもあるかもしれません。ご容赦ください。
第1回は、辻真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』の感想となります。
あらすじ
昭和24年、ミステリ作家志望の風早勝利は名古屋市内の新制高校3年生になった。学制改革による、1年だけの男女共学の高校生活。そんな夏休みに、勝利は湯谷温泉での密室殺人と、嵐の夜に廃墟で起きた首切り殺人に巻き込まれる!自ら体験した戦後の混乱期と青春の日日を、著者がみずみずしく描き出す。「深夜の博覧会』に続く、"昭和ミステリ”シリーズ第2弾、待望の文庫化。(創元推理文庫より)
経験したからこそ書ける「質感」
作者の辻真先先生は1932年生まれ、御年90歳の大ベテラン作家です。本作の舞台となる昭和24年の名古屋は、辻先生が少年時代を過ごした舞台でもあるのです。
本作には、そんな辻先生だからこそ描ける、大東亜戦争敗戦直後の日本と、厳しい現実を必死に生きる人々が描写されています。
しかし、かといって重厚感のあるお堅い小説なのかと言えばそうではなく、会話文多めの軽妙な語り口で、そこにある現実を淡々と描写しています。私はむしろ、そこに「質感」を感じます。敗戦し占領されても、大半の日本人はこんなものだったのではないでしょうか。
失恋と敗戦
さて、本作は主人公である勝利が転校生の咲原鏡子に出会い、恋心を抱きますが、彼女は既に勝利よりも数段「大人」でした。幼い頃に見た無垢な少女は、生き抜くために売春婦となり、米国軍人の「オンリー」になっていました。勝利はそんな現実に打ちひしがれながらも、徐々にそれを受け入れて「成長」していきます。
鏡子が米国軍人の女であることが明かされたとき、読者は勝利と同じような喪失感を味わったのではないでしょうか。鏡子のキャラクターは、男の心をかき乱す「魔性」を内包しています。勝利は当時としては進歩的な人間でしたが、やはり女に対する恐怖と嫌悪のような感情が時折挟まれるのも、鏡子に対する素直な感想でしょう。
本作のテーマの1つは「現実を受け入れ、成長すること」だと思われます。勝利の鏡子に対する失恋は、敗戦を受け入れ、前に進んでいく日本人の姿に重なるところがありましょう。
しかし、誰もが時代の変化に適応できるわけではない。戦時中に盛んに愛国心を煽り立てて、敗戦後も責任を取らずにのうのうと権力の座に居座り続ける卑怯な大人を、本作は激しく非難しています。「死」が現代よりも間近にある世界でも、感情にまかせて踏み越えてはならない一線を越えてしまった彼らには、相応の報いがあったわけです。
本作は特殊な舞台設定ながらも、「青春ミステリー」ど真ん中の王道推理小説であり、ミステリーをあまり読まない人にもお勧めできる一冊といえます。
残念だった点
あえて残念な点を挙げるとすれば、「情報量が多すぎる」ということです。特殊な舞台設定ゆえ、説明が多くなってしまうのは仕方のないことですが、ディテールにこだわるあまりミステリーの伏線が埋もれてしまい、後半でそれが明かされても「そんなこと書いてあったっけ」と困惑することがありました。主人公たちはやたらと映画の話をしますが、はっきりいってそれがノイズになってしまっています。
もう一つ、ミステリーとしての出来はあまり良くないかなと思います。探偵役の那珂一兵はあらゆる状況証拠から犯人を絞り込んでいましたが、そんなことをしなくても犯人があの人だということは少し考えればわかるかと思います。というのも、二つの事件とも、成立させるには勝利たちの存在が前提となっており、彼らの動きを正確にコントロールできる人物は一人しかいないからです。最後の「仕掛け」には「やられた」と思いましたが。