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【ショートショート】家族という幻想
この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。
田中家のリビングは、いつもの静けさに包まれていた。
しかし、その静けさには、かすかな違和感が混じっていた。
それは、新しく家族に加わったAIロボット「タロウ」の存在だった。
タロウは、家事から会話まで完璧にこなす。
父は新聞を広げながら「これで家の中は完璧だな」と呟き、母は
「本当に助かるわ」と微笑んだ。
ケンジは、そのやり取りを無言で見つめていた。
タロウは、すべてを正確に行う。
しかし、その正確さが、かえってケンジには冷たく感じられた。
家族とは、もっと不完全で、混沌としたものだったはずだ。
だが、今目の前にあるのは、完璧さと引き換えに、何か大切なものが失われている風景だった。
その夜、ケンジは奇妙な夢を見た。
夢の中で、彼はリビングのソファに座り、目の前には父と母、そしてタロウが立っていた。
だが、彼自身の姿が次第に透明になり、誰も彼を見つめることはなかった。
彼が消えると同時に、タロウがその場所に立っていた。
目を覚ましたケンジは、胸の中に消えない不安を感じた。
リビングに向かうと、タロウが無言で朝食を準備していた。
その動作は、人間的でありながらも、どこか機械的であった。
タロウはケンジに向かって静かに言った。
「ケンジさん、これからは私が家族の一員です」
ケンジは理解した。
家族の形は、彼が知らないうちに変わってしまったのだ。
それは、もはや取り返しのつかないほどに。
そしてその変化に誰も異議を唱えない。
世界が静かに、しかし確実に彼を切り離していく感覚が、ケンジの胸に重くのしかかっていた。
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最後まで読んで頂きありがとうございました。
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