赤ひげ(ドクター)つれづれ草 ④ ~どう生きてどう死ぬのか 意思決定支援のあり方(2)~
本人に代わって意思決定する家族の苦悩
50歳代独身男性。80歳代の母親と二人暮らしでしたが、若くして脳出血を繰り返し、意識障害、胃ろうからの栄養管理、寝たきりとなって自宅介護が困難となり、有料老人ホームに入居され、私が訪問診療を担当しました。(80-50問題の逆ケースです)母親は軽い認知症もあり、医療的な判断は姉が主に担うことになりました。
誤嚥性肺炎を短期間に繰り返され、3か月間に3回も救急搬送入院を繰り返す事態となり、姉と時間をとって話し合いました。何度も入退院を繰り返すことは、本人も家族も負担が重いため、今後は救急搬送せず、施設でできる範囲の在宅酸素、抗生剤点滴等で治療し、回復しない場合は苦痛緩和をしながら看取りとすることで合意しました。
しかしその直後にまた発熱、酸素飽和度が低下して、危険な状態となりました。
姉に連絡し、合意に従って施設で可能な医療処置を行うが、救命できない可能性もあるとお伝えし、了解されました。施設での医療処置を進めていたところ、数時間後に姉から連絡があり「以前入院は望まないと話したのですが、本人はまだ若いし、意思確認はできないけれど、まだ生きたいのかもしれないし・・・。母親もこのまま弟が亡くなってしまうと悲しむと思う。寝たきりでこの状態で生きるのも本人もつらいかもしれないし・・・。決められないです。どうしたらいいでしょう」という内容でした。
私は「意思決定は一度決めた方針を変えてはいけないということはありません。迷うのは当然です。迷われているなら、救急搬送して最善の救命処置をしてもらいましょう」とお話しし、救急搬送の手配をしました。結果的に救急搬送入院後再度軽快退院されました。今後の対応については状況をみながら姉と話し合って決めていくことになりました。
本人の意思が確認できない場合、身近な家族等が本人の意思を推定しながら意思決定をすることになりますが、意思決定をゆだねられる家族等の心理的負担は重いということを、医療者側は十分配慮して意思決定支援を進める必要があります。
最期の場所は本人が決める
70歳代女性。生来健康でしたが、不正性器出血に気づいて病院受診したところ、子宮体がん末期で多発肺転移、手の施しようがない、余命1~2か月と診断されました。夫と独身の三男と3人暮らしで、長男、次男一家は近くに住んでいて、孫たちもしょっちゅう遊びに来るという仲の良い家族でした。
突然の末期宣告に本人も家族も衝撃を受け、戸惑っておられる状態でしたが、ちょうどコロナ禍で入院すると面会ができないということもあり、在宅療養を希望され、私が訪問診療を担当しました。
病状は急速に進行し、在宅酸素、医療用麻薬の導入、点滴を行い、苦痛緩和を図りました。余命があまりないという状況で、どこで最期を迎えるかというつらい話し合いとなりましたが三男は「母親が自宅で亡くなるのをみたくない」という理由で、最期は紹介元の病院に救急搬送してほしいと強く要望されました。ご本人は「息子がそういうのならそれでいい」とおっしゃいました。ただ、三男のいないところで、訪問看護師には「住み慣れた我が家で、しょっちょう孫も遊びに来るので、本当は最期まで自宅にいたい」と本音を語っておられました。
約1か月後、状態が急変し、呼吸状態が悪化しました。往診して状態を確認し、最期の時が近づいていると三男に伝えたところ、すぐに救急搬送してほしいとのことでした。この状況で病院に亡くなるだけのために入院するのはお勧めできないとお話ししましたが、意志は固く、紹介元の病院に救急搬送受け入れを承諾していただいて、患家を辞して対応終了と思っていたら、しばらくして三男から電話があり「救急隊が来て救急搬送しようとしたが、本人が自宅で死にたいと拒絶している。長男、次男、父親とも話し合い、このまま自宅で看取りにしたい。急に方針を変えてすみません」ということでした。翌日の明け方、ご家族に見守られながら、ご自宅で穏やかに旅立たれました。
ご本人の意思を大事にしながら、患者さんやご家族の気持ちの揺らぎに常に寄り添いながら、意思決定支援を行うことが大切ですが、なかなか難しい問題です。
次回も在宅医療の現場で考えさせられるケース、状況について具体的にご紹介したいと思います。