ギャグが嫌い
ギャグと一言で言っても広い意味で使われるけど今回言いたいのは突飛な言葉を毎回言うやつの話。アメマとかまゆげボーンとか主に関西の劇場やテレビで多様されるやつね。 こういったギャグが本当に嫌い。前後の脈略も無く決められた言葉を言うだけで客が笑う。笑うことになってる。この商品が良いものということにしようねと消費者に押し売りする電通の手法と通じる。インガスンガスンなんて意味はないけど楽しい言葉と添える事がある。そう、意味が無いと自覚してやっているのだ。
舞台に登場したときの挨拶がギャグなのも多い。おじゃましまんにゃわ、ごめんくさい、お入り下さいありがとう。客も出てきたら言うの分かってて言うと笑う。お笑いの大事な要素の意外性が無い。毎回同じなことに価値があると思ってしまっている。
で、これらのギャグにもやり始めるきっかけがある。だいたいハプニングがあってウケて味をしめて何回もやって定着するパターン。チャーリー浜のごめんくさいはごめんくださいをセリフ噛んでごめんくさいと言ったら笑いが起こった。そんなに声を張った感じではなかったのだがウケるとなったらごめんくさ~い!と声を張り上げるように変わってしまった。ボソッと言うのが面白かったのに。
あ、意味がないのに楽しい言葉はチッチキチーだ。訂正。
お笑いは本当に素晴らしいもので日常を超えた体験に心をうごかされ人生に彩りを与えられる。プロの作った台本をもとに芸人はあの手この手で表現する。高度な頭脳労働だ。
さて、ギャグ依存の芸人たちはどう見ても頭がいい人ではない。問題は大阪の文化で要領の悪い変わりもんでありながら愛嬌のある人間をけったいなヤツという褒め言葉で担ぎ上げて見せ物にする。彼らは基本的なお笑いのセオリーを理解して実行する頭がないので、舞台に立ったら毎回これ言えーと言われたギャグをやる。最初は受けないがめげずにやるのが大事と叩き込まれ客からまたこいつけったいなギャグしよるわオモロイなーとなれば成功。テレビでも間抜けなヤツをいじめる企画のオファーは山程あるから家買ってクルマも買える。意味の無いギャグという言葉を繰り返し言うと生活が出来る。なんじゃそりゃ。
90年代始めに吉本新喜劇ギャグ100連発が大流行した。やめよっかなキャンペーンしてた直後に大ブーム。VHSが発売されてヒットした。関西圏以外では見慣れない芸人が意味不明な言葉をひたすら言うビデオ。もの珍しさと無いものねだりも有っただろう。新喜劇は今ではローカル局やケーブルでやってるけど当時は無かった。
もうちょっと書く。嫌いだと言ってるのは意味ない言葉を言うだけのヤツね。反対に良く練っているのもあるよと。
ギャグ一兆個の持ち主FUJIWARAの原西。短い時間に起承転結がありちゃんとオチが笑える。テンポがあってキャッチー。IQが高い人は違うな。COWCOWの多田もたくさんネタを持っていてギャグとして楽しい。でも人間的にどうかと思うところがあるのでそんなにハマらない。
古いのでいくと植木等のお呼びでないなんてギャグとして最高だ。突飛な事を言ってるわけでなくて本当にお呼びでない状況で言うからね。そりゃ毎回面白いよって。谷啓のガチョーンは言葉の響きだけだから散々上に書いたつまらないやつの部類。
さあ、みんな安易な言葉だけのギャグと本当に面白いギャグの違い分かってきたかな?お笑い芸人の場合以外にもギャグ漫画のギャグもあるからね。あれは客が目の前に居ないからウケてるかの反応が無くて不安になって病むらしい。
書いていて思ったのがお笑いに厳しいとされている大阪人がギャグに対して甘いのが謎だ。よく話をしていてオチは?と言われるとかあるがギャグなんかオチも無いしヤリっぱなしだ。舞台で見慣れてる変なヤツが変な言葉言ったら大笑いする。あんまりお笑い文化発達してないなーと。そもそも大阪行ったら大阪人ほぼ100%テレビで新喜劇見てなかったからね。びっくりした。
というわけでテレビで安易なギャグをゴリ押ししてるヤツ見たらふーんその言葉連呼するだけで家建つんだねと冷めた目で見てやりましょう。
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