花海咲季に負けた女子高生の書いたはてブ 『私の知らない花海咲季』
馬鹿だから個人競技しか出来なかった。
小学生の時通っていたミニバスやバレーボールクラブでは、他人に任せるべきボールを無理やり取りに行き続け、チームメイトから嫌われて追い出されるようにして辞めた。
ポジションというものを理解せず、味方が点を入れたときですら活躍の機会を奪われたと癇癪を起こす。自分でも馬鹿で嫌なガキだったなと思う。
だからバドミントンを始めたときは、こんな素敵なスポーツがあるのかと衝撃を受けた。
コート上に味方は自分だけ、飛んでくる全ての羽に、一人で責任を持たなければならない。初めて練習に行った日、布団に入ってもまだラケットを握りしめたままだったのを覚えている。
コートの上では私だけが主役でお姫様で世界の中心なのだ。そう思って、いつまでも胸の高鳴りが止まらなかった。
幸運なことに、私には才能があった。半年もすると元々チームにいた子たちを追い抜かし、コーチの勧めでより強いジュニアクラブに所属させてもらえることになった。
親の理解もあって、練習の質も量も、人より恵まれたものだったと思う。バドをしている間、私は夢に見た主役としての扱いを受け続けた。
そんな幸福な時間を、私にとっての楽園をぶち壊した女。それが花海咲季だった。
あれは私が中学二年生の時。
花海咲季は私よりも一つ歳下なのに、私よりも遅くバドを始めたのに、去年の県大会でベスト4だった私を二回戦であっさり負かして、そのまま全国出場の切符を手に入れた。
周りの大人たちは口々に彼女を讃えた。経験の長さがものを言う学生スポーツにおいて、他競技から転向したばかりの一年生が全国に行くなんてありえないことだった。
私は、悔しさと嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。今すぐ彼女を表彰台から引きずり降ろして、勝ち誇るようなその顔を歪めてやりたかった。
分かっている。彼女の靱やかなフットワークが、的確なコース選びが、シャトルに食らいつくスタミナが、まったくの天性のものでないということは。しかしそう分かっていてもなお、私は癇癪持ちのクソガキのままで、私から主役の座を奪った彼女のことが許せなかった。
私はまず、トレーニングの量を倍に増やした。彼女の尋常でない成長速度に追いつくためにはなにより時間が足りない。空いた時間はすべて自主練に費やし、ジュニア時代のコネを使って、高校や大学の練習に混ぜてもらったりもした。
そうして文字通り寝る間を惜しんでバドに没頭する日々を送っているうちに、膝に違和感を感じ始めた。
時折襲う鈍い痛みがいつしか無視できなくなって病院に行くと、医者から、これ以上無理をするとバドが出来なくなるかもしれないと言われた。
それでも、休養のため練習に参加させてもらえない日があると、私はとたんに不安になった。またあの頃のような、誰にも仲間に入れてもらえない寂しい日々に逆戻りしてしまうのではないか。
そう思うといてもたってもいられず、またトレーニングをした。フットワークで一歩踏み出すたびに、膝の中で何かが捻れていくような感触がした。
勝てなければ主役の資格はない。強くなければ居場所すら与えてもらえない。そう信じてがむしゃらにトレーニングを積み重ねる。
痛みのせいか毎晩悪夢を見た。
いつもの体育館、チームメイトの輪の中で、花海咲季が笑っている。みんなはこちらに気づくと、一斉に悪口を言いながら私を追い出そうとする。そうしてそんな私を、あの女が蔑むような目で見ている。
汗でぐっしょり濡れた布団の中、息も絶え絶えで目覚めて思う。私は今日も気絶するまでトレーニングをするのだろう。吐き気を我慢しながら食事を押しこむのだろう。そうしなければこの夢は現実になってしまうからだ。
それだけは嫌だ。私の存在を肯定してくれるのはバドミントンだけだ。怪我をしようがなんだろうがそれだけは奪わせない。死ぬ思いをしなければ超えられないのなら、いっそのこと本当に死んだっていい。
そんなふうに身を削って、狂いそうになりながら走り続けて、ようやく迎えた私にとって最後の夏。
花海咲季は試合会場にあらわれなかった。
彼女に初めて会ってから、だいたい3年くらい経った。
バドは結局中学までで辞めてしまって、今は友達に誘われて入った軽音部でギターを弾いている。楽器なんか触ったことなかったから最初は難しかったけど、慣れたらやっぱり楽しくて、初めて一曲弾ききれた時にはもう、飛び跳ねそうなくらい嬉しかった。
何かを上達したり達成するのってこんなに楽しいことなんだって、本当に久しぶりに思った。でも、友達が撮ってくれたその演奏は、音は外れてるしリズムもガタガタなあんまりひどい出来で、友達と二人でお腹を抱えて笑った。
それから練習してるうちにギターも結構上手くなって、文化祭でライブもやって、中学時代のことなんかすっかり忘れていた頃、信じられないものを見た。
好きなアイドルの曲をYouTubeで流しながら勉強していたら、自動再生で知らない曲が再生された。スキップしようと画面を覗き込むと、煌びやかな照明の下、華やかな衣装をひらめかせながら、花海咲季が、歌っていた。
記憶の中の彼女よりも背が高くて、顔つきもちょっと大人っぽくて、それでも見間違えるはずがない。
私の知らない花海咲季がそこにはいた。
震える指で動画の概要欄をタップする。そこには「初星学園プロデュースの新人アイドル」として彼女の名前があった。どうやら東京にあるアイドルを養成するための学校らしい。
へえ。バド辞めて今度は可愛いお人形になることにしたんだ。
表彰台に立つ彼女を見た時のあの感情が、悲しいんだか怒ってるんだか分からないグチャグチャした感情が私のつま先から脳天までを貫いて、頭の奥がジンジンした。
今すぐ画面を叩き割ってやりたいとも、大声で泣き出してやりたいとも思った。でもなぜか身体が動かなくて、画面の中で踊る彼女から目が離せなかった。
つまるところ、私はずっとこの子に憧れていたのだ。どこまでも軽やかで、気高く、欠点なんか一つも見せてくれない花海咲季という女の子に。
曲が終わった後、色々なことを考えすぎて真っ白になった頭の中で、それでも強く思うことがあった。私は彼女を、アイドルとしての花海咲季をずっと追いかけていきたい。
別にギターを極めて同じ業界に進もうとかそういう気はない。ただ、あの頃勝手に恨んで、嫉妬して、壊れそうになるまで焦がれた彼女のスポーツ選手としての結末を、私は知ることが出来なかった。
だから今度こそ、アイドルとして生きる道を選んだ彼女が、いったいどんなふうに輝いて、どんなふうに終わるのか。その全てを見届けたいと思うのだ。
それが、彼女に負けた一人のバドミントン選手としての、主役になれなかった人間としてのささやかな復讐なのである。
以上、学生の自分語りでした。
私と同年代のみなさんはこんなの読んでないで勉強した方がいいですよ。