エッセイ#65『血』
血を流しながら焼肉を頬張ったことはあるだろうか。
中学の「学年会」なるものが催されたのは、今年3月の上旬のことだ。どうやら所謂「同窓会」ではなく、学年全員が参加の対象となる大規模な集いらしい。
正直これには行きたくない。もう少し正確に言うと、友人が誰一人参加していない状態で私だけが参加するようなことは、絶対に避けたい。そこで、どちらに転がっても良いように、日程調整の欄は「△」にしておいた。
そんなセコい私にも勝利の女神が微笑んだようで、学年会の当日は前々から行きたかったイベントに見事当選した。思わずガッツポーズをしてしまったが、もし万が一私の友人が皆参加していたらそれはそれで嫌なので、小学校からの友人に数年ぶりに連絡をした。
もし部活の友人達に会ったら宜しく伝えておいてほしい、という名目のLINEをするとすぐに既読が付き、自分もその日は参加を断った、との報告が返ってきた。
それならば後日2人で会おうではないかという方向で話が進み、およそ3年ぶりに地元で食事をすることになった。彼は中学校を卒業した後は東京の専門学校に進学し、その後は様々な仕事を転々としていたため、中々地元で会う機会はなかったのだ。どうやら数ヶ月前に以前の職場がある横浜から、地元である千葉県某所に戻ってきていたらしい。
食事の当日、彼は仕事が、私は内定者向けのアルバイトがあり、19:00頃に地元の駅前で待ち合わせることになった。この日私は少々寝坊をしてしまったため、朝に髭を剃ることなく家を出てしまった。職場では基本マスクなのでまじまじと見られることはないが、1対1の食事となれば話は別だ。
地元の駅の改札を出てすぐ、剃刀を買うためにコンビニへと向かう。最もコスパが良い剃刀を瞬時に探し出し、レジを通した。因みにジェルやクリームなどは使い切りのものがなかったので、ハンドクリームで代用する。
コンビニを出た後は駅前にある公衆トイレに直行した。誰もいないことを確認すると、私は鏡と睨めっこしながらハンドクリームを顎や頬に塗りたくった。いざ入刀の瞬間である。
ショリッ。ショリッ。ガガッ…………。
嫌な音がした。明らかに髭以外を剃ってしまっ音である。鏡を見ると、下半分が白くなった顔の最下部に、鮮やかな赤い円が浮き上がっていた。赤い円はみるみる大きくなり、やがて手洗い場の淵へと垂れていった。血である。
私の経験上、髭剃りの途中で流した血はしばらく水で洗い流せば自然に止まる。しかし今回はその経験が活きることは全くなかった。どれだけ洗っても止まらないどころか、手洗い場が徐々に赤く染まっているのだ。
これが水では止まらない血だと気づいた時には、もう約束の時間に差し迫っていた。私は個室に籠ってトイレットペーペーで顎を強く押さえ、友人に連絡してポケットティッシュを買って来て貰うことにした。今考えれば、この時に絆創膏を頼めば良かったと後悔している。
マスクの下にトイレットペーパーを詰めながら先程のコンビニへ向かうと、そこには数年前と全く同じ格好をした友人がレジに並んでいた。顔や声だけでなく服装まで同じとは、中々珍しい。
ポケットティッシュを有難く頂戴し、予約していた焼肉屋へと歩いた。顎を押さえたままでは会話もままならないので、店員とのコミュニケーションは友人に一任することにした。とは言え、注文のほとんどはタブレットで行うため、店員との会話は「予約していた〇〇です。」くらいだ。
席に到着すると数年ぶりの再会に加えて、飲酒ができる年齢になっていることを再認識し、ささやかな裏同窓会はスタートした。
裏同窓会開始から10分。まだまだ顎血は止まらない。
裏同窓会開始から20分。まだまだ顎血は止まらない。
裏同窓会開始から30分。まだまだ顎血は止まらない。
そして開始から45分が経過した頃、ようやくティッシュに付く血の色が薄くなってきた。気が付いた時には卓上には真っ赤なティッシュが大量に置かれていた。
器用に片手で肉を焼き、肉を食べ、焼酎を飲む、を繰り返しているとついに1時間が経過し、やっと血が止まった。ようやくいつも通りの楽しい焼肉である。
血が止まったことに対して改めて乾杯し、「三種盛り」とだけ書かれた名称不明の肉を頬張り、30分後に退店した。
食べ終えた後の食器と共に、大量の血塗れのティッシュが置かれたこの状況を、周囲の人達は一体どう思っていたのだろうか。