【映画レビュー】『ザ・メニュー』の考察: 表層→孤島のレストランで起こる惨劇 深層→現代アメリカの超格差社会の風刺 の映画【ネタバレ】
トップ画像引用元: 20th Century Studios
あらすじ
ある休日、マーゴは彼氏のタイラーに連れられて、孤島の高級レストランを訪れる。そこは、有名シェフのジュリアン・スローヴィクがとりしきる予約の取れないレストラン『ホーソン』だった。次々運ばれてくるコース料理は趣向を凝らした逸品ばかり。共に招待された富豪の客たちも皆舌鼓を打っている。完璧な構想と芸術性を兼ね備えた超一流の創作コース料理は、しかし副料理長の作品が出てきたところで一気に不吉なものとなるのだった・・・。
冒頭の死のモチーフ・倒木
映画はタイラーとマーゴの仲睦まじいカップルが港を出るところから始まる。超一流シェフ・ジュリアン・スローヴィクのレストランがある孤島へと向かう船だ。そこには、富豪の老夫婦のリチャードとアン、料理評論家のリリアンとその編集者テッド、有名映画俳優とそのアシスタントのフェリシティ、IT業界で成功した悪友三人組のゾーレン、デイブ、ブライスがいた。
皆成功者ばかりで、これから体験できるであろう最高の料理へ期待を高ぶらせている。
だが、その中でマーゴだけは冷静である。他の搭乗者のように浮かれることなく、孤島に着くと何か不吉な予感でも感じたかのように去ってゆく船を見つめる。
彼女のその予感は当たった。彼らを待ち受けていたのは死のレストランだった。
冒頭、島に到着した際に映し出されるのは、砂浜一面に散らばった倒木と枯れ木である。陽気な音楽とは裏腹に、その存在感は異様で先行きの不安さを感じさせる。
倒れた木、枯れた木というのは死のモチーフだからだ。これらが呑気な客たちの未来を暗示しているのである。
だがその風景の不吉さに気づくのはやはりマーゴ一人で、他の金持ち連中はそんなことも気に留めずにさっさとレストランへ入っていく。
信頼できない語り手マーゴ
レストランに入ると、そこでは超一流シェフのスローヴィクが采配を振るっていた。厨房を見渡せる客席から見える料理助手達は統率が取れており、まるで軍隊のようである。彼らは一心不乱にスローヴィクと『作品』を作り上げてゆく。
そうして料理が振る舞われ始めると客たちは一斉に感嘆する。ただ美味しいだけではない、それは芸術性と創造性とを兼ね備えた『作品』であった。
マーゴの彼氏、タイラーも心底スローヴィクに心酔しているようすでただ料理を褒めるのみ。だが、どうもマーゴの口には合わない。
また、タイラーともちょっとした口論になり、マーゴは席を立ち、化粧室へ行く。
すると、そこにスローヴィクがやってくる。
驚くマーゴに、スローヴィクはお前はマーゴではない、お前は何者だ、と何度も聞く。
そこでマーゴは実はマーゴというのは本名ではないこと、そしてタイラーに同伴者として雇われた娼婦であることを告白する。
そう、マーゴとタイラーはカップルなどではなかったのだ。
ここでずっとマーゴ視点で観ていた視聴者はマーゴの本当の姿を知る。
更にここでマーゴはシェフから「今晩ここにいる全員が死ぬことになる」と告げられる。
なんと彼と店員たちは客全員を巻き込んだ無理心中を企てていたのだ。
そしてシェフは「こちら側につくかあちら側につくか十五分以内に選べ」と言い残し去ってゆくのだった。
金持ち連中の悪事をタコスにプリント
マーゴが席に戻ってからも、食事は何事もなく進んでゆく。
客たちは料理長の「海やこの島の生態系といった自然は永遠だが、その中で人間というのは何ほどのものでもない。ここであなたたちが食べようが食べまいが自然には何の影響もない」といった言葉に感銘を受けながら、コース料理を食べ進めてゆく。
最初の異変が起きたのはタコスが出たときだった。
それは料理長の思い出の料理とのことだったが、その生地に出席者の過去の写真が特殊技術でプリントされていたのである。
富豪の老夫婦の夫リチャードのタコスには不倫の瞬間をとらえた写真が、IT会社社員たちのタコスには脱税記録があった。
これに憤慨した社員たちが抗議するが、給仕係は取り合わない。
場の雰囲気が不穏になってきたところで、決定的な事件が起こる。それは、副料理長の自殺だった。
第一の事件発生
副料理長の料理のときに事件が起こる。
何と、彼は自分の料理を説明してから客の目の前で自殺したのだ。これには客もパニックになるが、作品の一部の特殊な演出だろう、ということで一旦落ち着く。
だが、その悪趣味さに辟易した富豪の老夫婦の夫リチャードが帰ろうとする。
しかし、出入り口はボディーガードたちで塞がれており、携帯も繋がらない。しびれを切らしたリチャードが強行突破しようとすると、逆に取り押さえられて左手の薬指を切断される。その際に結婚指輪が落ちた。
これでいよいよレストランはパニックに陥る。
『演出』では説明のつかない出来事が起き、ここがただのレストランではないことを思い知らされたのだ。
そこでシェフが悠々とやってきてリチャードに聞く。
「お前は何度この店に来たか?」
するとリチャードは七回か八回だと答え、妻のアンが十一回よ、と訂正する。
そう答えると、シェフは続けて聞いた。
「前回私が出した料理の名前を一つ挙げろ」
だがリチャードは答えられない。シェフは言う。
「なら前々回でも、その前でもいい。一品でいいから料理を答えろ」
それでもリチャードは思い出せない。アンがタラよ、と助け船を出し、タラだ、と答えたが、シェフはその回答を鼻で笑い、あれはタラなどではない、もっと珍しい魚だ、こんなバカ舌の金持ちのために努力してきたなど馬鹿馬鹿しい、と言った。
そこでシェフの狂気の理由が少しずつ明かされてくる。
シェフのスローヴィクはこの地位に上り詰めるまで、血のにじむような努力をして働き続けてきた。
どんな料理を、いや作品を創ろうかと毎日毎日考え続けて、ついに狂ってしまったのである。
第二の事件発生、そしてフィナーレへ
シェフはそうして傲慢な金持ちの客を罰したあと、お前が店を開けたのは俺たちのおかげだろう、と言うIT系の社員三人組と相対する。
彼らはスローヴィクのレストランを所有するオーナーの部下だった。
この店を開けたのは誰のおかげだと思っているんだ、と言う社員たちにスローヴィクは苛立ったように言う。
「そうだ。お前らの上司は散々店のメニューにも口を出してきた。そのせいでどれだけ苦労してきたか。だが、それも今日でおしまいだ」
そして給仕に指示すると、店の全面ガラス張りの窓の向こうに見える海の上に羽根を着けられ吊るされた男の姿が浮かび上がる。
(マーゴは化粧室に行ったときにこの羽根を目撃している)
それは、店のオーナーだった。
天使のように海の上高く吊るされた男は、やがてどんどん下におろされてゆく。
そうして、客たちの悲鳴の中で海面の下へと消える。
これでもう全員大パニックである。一人が窓をけり破ろうとするが、強化ガラスでびくともしない。
そして、全員強制的に着席させられ、次第にパニックから絶望へと変わってつく。
ここからはもう逃げられないのだ、という考えが頭をよぎり、恐怖でもう食事どころではない。
だがそんな状況の中、なぜかタイラーだけは冷静に食事を続けている。
それがなぜなのかを知ったマーゴは激怒することになる。なぜなら、タイラーはそもそもシェフの信奉者であり、最初からシェフの「計画」を知っていたからだ。
そして本来は彼女を同伴するはずだったが、フられたからマーゴを雇った、と言った。この男もまともではなかったのである。
こうして狂気の夜は更けてゆき、客たちは自分たちがいずれシェフの「作品の一部」として殺されることを知る。
だが、マーゴ以外は大した抵抗もせずにただ成り行きを傍観しているだけだ。
絶望して無力感に苛まれているのか、恐怖で固まっているのか、その両方か。
そうして彼らはなすすべなくシェフに「料理」され、最後は人間スモアになる。(スモアというのはマシュマロをクッキーで挟んで焼いた料理)
その中でただ一人助かったのがマーゴだった。
客の生死を分けたもの: 虐げる者か、虐げられる者か
マーゴは最後の最後、シェフによる大量殺戮が始まる直前に、突然立ち上がり、「料理に満足していない。昔食べたチーズバーガーが食べたい」と言う。
下町育ちのマーゴが好きなのは高級料理ではなく、ファストフードだった。だけでなく、マーゴは料理人というプライドを持っているシェフの料理にケチをつけることで自分のペースに持っていった。
シェフはそのリクエストに応えてチーズバーガーを作り、マーゴはそれを食べて満足する。
だが、食べきることはせずに「食べ切れなかったから持ち帰ってもいいか」と聞く。
これはマーゴの最後の挑戦だった。
ハンバーガーの「持ち帰り」が許されるということはすなわち生きてこのレストランを出られるということだ。
これが通ればマーゴは生きてこの狂気の殺人レストランを脱出できる。
長い沈黙のあと、シェフが出した答えはイエスだった。
マーゴはそこで代金の九ドルをくしゃくしゃの紙幣で支払い、残りのチーズバーガーを包んでもらってレストランを後にする。
残された客に火が放たれ、シェフに「料理」されたのはそれからまもなくしてのことだった。
なぜ料理長はマーゴだけを逃がしたか→それはマーゴが社会的弱者だったから
さてここからが本題である。シェフはなぜマーゴだけを許したのだろうか?
この答えはシェフ自らが語っている。
彼はマーゴに何度か「ここにはふさわしくない」と言っている。
マーゴはこれを娼婦である自分への差別意識からだと思い反発するが、シェフの真意はそこではない。
シェフは、
「You shouldn’t be here」
と言った。これは「ここにいるべきではない/いない方がいい」という含意もある言葉だ。
また、金持ちを敵視し罰するシェフに、自分はそうではないのに巻き込まれるなんて不公平だ、と言ったハリウッドスターのアシスタントに対して、どこの大学か、学費ローンかと聞き、相手がブラウン大(名門校) でローンではないと答えると、ならば(死んでも)仕方がない、と返す。
そして先に述べた通り金持ちの客を嫌い、不倫・脱税の罪を暴いた。
これらのことから総合的に考えるとシェフのやりたいことは明白である。
彼は、堕落した人間を罰したいのだ。
傲慢・強欲・姦淫・飽食に溺れた人間たちを罰し浄化したい。
だが罰する過程で自らも殺人という罪を犯すので、その罪も浄化せねばならない。
だからこそシェフは人間スモアという、火を使う料理で金持ちたちを殺し、自らに火を点けた。(カトリック教において火は煉獄で魂の罪を清めるもの)
店名『ホーソン』は米作家ナサニエル・ホーソーンにかかっている
また、店名が「ホーソン」というのも示唆的である。
なぜならアメリカ文学の代表的作家ナサニエル・ホーソーンは、『The Birthmark』という短編で人間の傲慢さを批判しているからだ。
(医者の夫が美しい妻の唯一の欠点の痣(birthmark) を消そうとするが、痣が消えた瞬間妻も死んでしまうという話。生まれもったもの、自然のものを否定し完璧な人間を造ろうとする人間の傲慢さを批判し、それは神の領域の侵犯である、と示唆している)
この文豪のペンネームと店の名前は意図的に一致させ、富・性・食の快楽の追求をやめず平然と他の人間を踏みつけにする金持ちたち、ひいては現代アメリカの超格差社会を批判しているものと考える。
だから、下流階級のマーゴただ一人が生き残ったのである。
この作品で彼女は罪を犯していない、虐げられる側の人間の象徴なのだから。
(ここで興味深いのは、この作品においては売春は罪とはみなされていないことである。買春、不倫、強欲、偽証、傲慢は罪として裁かれるが、売春はそうは扱われない。これは、マーゴが明らかに生活苦であり、快楽のためではなく生活のために売春せざるをえない状況にいるからだろう。実際はそういう女性が大半であり、だからこの捉え方は非常に正しい。マーゴは徹底的な社会的弱者なのである。逆に己の快楽のためにマーゴを買ったリチャードは罰されている)
まとめ 現代アメリカの堕落した富裕層を風刺する映画
このようにみてくると、『ザ・メニュー』がただのサイコスリラー映画ではないことがわかる。
表層は絶海の孤島のレストランで客がシェフに料理される、というスリラー、あるいはホラーな映画である。
これだけでも十分に楽しめる造りになっているところもまたすごい。
はじめはまともに見えた一流シェフが不意に狂気を爆発させ、客が大パニックになるシーンなどは痛快である。
だがその皮を一枚めくった下にはキリスト教的倫理観に基づく現代アメリカ社会への痛烈な批判がある。
強欲、傲慢、偽証、不倫等、聖書で禁じられた罪を犯す者たちに、シェフが神に代わり裁定をくだすーーそういう話なのだ。
天使のモチーフ、客が十二人であること、そしてクリスチャンの米作家のペンネームそのものの店名等々がこの裏付けとなる。
シェフは問いたいのである。
これほどに富の分配が不均衡な世界で搾取される我々は努力する価値があるのか?と。
価値もわからぬ金持ちにステータスのために利用される芸術作品とは何なのか、と。
こういう、何でもなさそうなサイコホラー映画でもこういうふうに下敷きがしっかりしているところがアメリカ映画らしい。(なんならB級パニック映画とかでも哲学的だったりするのが、映画文化のアメリカならでは)
これだからアメリカ映画はやめられないんだよなぁ、と思う今日この頃です。
久々に良作に当たったので覚え書きとしてレビューしてみました。
長々書きましたが、とはいえ小難しいことを考えなくてもサラッと観れる映画でもあるので、まだ観てない方は観てみてはいかがでしょうか?
こちらで視聴できます→ディズニープラス
作品情報
制作国 アメリカ、2022
ジャンル サスペンス/ホラー
監督 マーク・マイロット
脚本 セス・リース、ウィル・トレイシー
キャスト レイフ・ファインズ、アニャ・テイラー=ジョイ
音楽 コリン・ステットソン
配給 サーチライト・ピクチャーズ