狭間の世界 SAOから見る現代のVRとAI
皆様ごきげんよう、唐突ですが「ソードアート・オンライン」という作品をご存知でしょうか?
詳しい概要はwikipediaに譲りますが、VR(バーチャル・リアリティ)を扱ったSF作品であり、作中に登場するVRオンラインゲームがこのソードアート・オンライン、通称SAOになります。
このSAOですが、人間の持つ五感全てをバーチャルに置き換える「フルダイブ」が登場します。
また、作中の登場人物として人工知能、所謂AIが沢山登場します。
現代の技術においてはまだ実現不可能なフルダイブと超高性能AI、現在のVRとAIはどれ位の立ち位置にあるのか等をSAOを始めとしたSF作品から紐解いていこう、というのが今回の記事の概要となります、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
現実から空想へ
SAO劇中においては量子力学の権威である茅場明彦によって開発され、ナーヴギアと呼ばれるVRHMDによりフルダイブが実装されました。
実はこのナーヴギアですが第二世代型のHMDであり、第一世代型は現実世界においてソードアート・オンラインザ・ビギニングという企画でアーガス、IBM株式会社東京基礎研究所と共に開発されました。
このVRHMDは五感のうち視覚と聴覚にアプローチすることが可能な試作機という位置付けで、イベント当時の最新鋭技術を用いて作られました。
丁度この企画が開始されたのが2016年、世間においてはOculus Rift CV1、HTC VIVE CE、PlayStation VRと発売され、VR元年と呼ばれる年ともなりました。
この第一世代型VRHMDの開発をしたのが前述した茅場晶彦とドイという人物なのですが、茅場はドイと意見の違いから対立、独自のナーヴギア作成に入るという形でSAOの劇中に続く話となります。
時は流れ2022年10月末、SAO同梱版の第二世代型ナーヴギアが完全没入型、所謂フルダイブVRHMDとして12万8000円で販売され、SAO劇中に繋がる形となります。
SAO事件後にはナーヴギアの機能制限版であるアミュスフィアが発売され、劇場版SAOではARデバイスであるオーグマーが発売されました。
アリシゼーション編においては人間の「魂」とも表現されるフラクトライトなるものが観測され、このフラクトライトに直接量子的なアクセスが可能なソウル・トランスレーターが開発されました。
劇中において主人公キリトやその一行の反応を見ている限り、フルダイブと言っても技術レベルに差があるらしく、現実世界と完全に同じではないようです。
しかし、ソウル・トランスレーターにおいては意識レベルに直接仮想世界を出力する形式のため、もはや五感では仮想と現実が一切区別不可能なレベルになっているようです。
現代のVRHMD
さて、一旦SAOから離れて記事執筆時現在のVRHMDを見てみましょう。
最も使われているのがFacebook改めMetaの開発したMeta Quest2で、128GB版が59400円で発売中です。
高級VRHMDになると、シェア二位のValve indexフルキットが165980円で、HTCからはVIVE PRO2フルキットが178990円、廉価版のVIVE Cosmos Eliteフルキットが120989円にて販売されています。
まだ解像度や視野角に問題は抱えているものの、視覚と聴覚を仮想現実に置き換える事は概ね成功しており、フルトラッキング技術によって体全体でVR空間に入る事もできます。
上記の動画は一番安価な組み合わせのQuest2+HaritoraXの着用例
普及率ですが、Meta Quest2は記事執筆時現在において全世界出荷台数1500万台を超えており、この数はXBOXシリーズやWiiU、ドリームキャスト、セガサターン、の出荷台数を超えた数になります。
ARにおいてはポケモンGOが社会現象になる程流行ったものの、SAO劇中に登場するオーグマーのような体に身に着けるウェアラブルデバイスとしてのARはまだ一般消費者には行き渡っておらず、現在開発者向けに高価な機器が出回っています。
SAOとAI
SAOでフルダイブ技術と共に外せない技術がAIになります。
劇中においてはプレイヤーの精神的ケアを司るカウンセリング用AIとしてユイというキャラクターが登場しており、純然たるAIでありながら人間顔負けの感情表現を見せつけ、ストーリーが進むにつれて世界最高のトップダウン型AIへと成長していきます(トップダウン型AIについては後述します)
劇場版作品のオーディナル・スケールにおいてはYUNAと呼ばれるデータ収集用AIが登場しており、劇中では「トップダウン型AIの行きつく所を見た気がします」と評されています。
アリシゼーション編においては人工フラクトライト、言ってしまえば人工の魂とも呼べるボトムアップ型AIが多数登場します(ボトムアップ型AIについても後述します)
トップダウン型とボトムアップ型AIについて
さて、ここで聞きなれない単語が出てきたと思うので解説していきます。
トップダウン型AIとは、平たく言えば「人間が何かを聞けば回答するAIが限界まで進化したもの」で、そこに意識や感情、或いは知性があるかどうかは正直分からないといったものです(少なかれSAO劇中においては人間かAIか分からない程には進化しています)
一方のボトムアップ型AIについては「脳の仕組みが分からない、じゃぁ脳をシミュレーションして知性を発生させてしまおう」という考えの元作られたAIの事を指し、こちらは人間の脳を完全にエミュレートしているため人間と変わらない知性や意識が宿る、とされています。
強いAIと弱いAI
ついでなので、ここでもう一つのAIの概念を紹介しておきましょう。
弱いAIとは人間の全認知能力を必要としない程度の問題解決や推論を行うソフトウェア等の事であり、現代にあるAIはこの「弱いAI」に分類されます。
ドラゴンクエスト4でザラキばっかり撃つ某神官から、囲碁において世界チャンプを打ち破ったAlphaGoもこの「弱いAI」です。
一方の強いAIは所謂「汎用人工知能」の事を指し、人間の知能に迫るようになるか、人間の仕事をこなせるようになるか、幅広い知識と何らかの自意識を持つようになった「人間の頭脳と同等、或いは超えた」人工知能の事を指します。
因みに、この「強いAI」が更に「強いAI」の改善型を作り、そのまた更に改善型を作りというのを繰り返し進化していき、短期間において賢さのレベルが跳ね上がる事を「知能爆発」と言い、これらが行きつく先が技術的特異点、所謂シンギュラリティと呼ばれているものになります。
現代と過去のAI
ちょっと大筋から離れて、歴史の話をしましょう。
実はAI、人工知能のブームは現代は第三回目で、過去二回人工知能のブームがありました。
第一回人工知能ブームは1956年~1974年の時期で、創作作品においてはMETAL GEAR SOLID PEACE WALKERにて人工知能について作中の登場人物、ストレンジラブを中心に語られています。
人間の脳を模倣したニューラルネットワークや、後の時代において活用されるディープラーニングもこの時代に考案されました。
しかし、研究が進むうちに、当時の技術では単純な問題は解決できても、さまざまな要因が絡み合った社会的な課題は解決できないことが判明し、ブームは下火になりました。
第二回人工知能ブームは1980年~1987年の時期で、人工知能プログラムの一形態である「エキスパートシステム」が世界中の企業で採用されるようになった時期です。
エキスパートシステムとは、人工知能に専門家のように「知識」をルールとして教え込み、問題解決させようとする技術のことを指すらしいのですが、実の所、筆者もこのエキスパートシステムはよく分かっておらず、解説が難しいです。
専門的な事は兎も角、AIソフトウェアとしては最初に成功を収めた形態であったそうです。
第三回人工知能ブームは2006年~現在まで続いており、GPU利用による大規模ディープラーニングの大幅な躍進、2012年にGoogleによるディープラーニングを用いたYouTube画像からの猫の認識成功の発表により、世界各国において再び人工知能研究に注目が集まり始め、社会現象になりました。
2016年3月にはAlphaGoが囲碁の世界チャンプを打ち破り、昨今においては画像生成AIが物議を醸しており、ブームは今の所収まりそうにありません。
現実のAIはどこまで追い付いたのか?
SAO劇中における最初の超高性能AIであるユイを例に取りたいと思いますが、残念ながら現在においてこのレベルのAIは実現しておりません。
少々興味をそそられる話題として、2022年6月にGoogleのAI研究者であるブレイク・レモインが、同社の大規模言語モデル「LaMDA」に意識が芽生えたという自身の主張を社外に公表し、事実を否定する同社から休職処分を受けたという話があります。
レモインがLaMDAと交わした会話内容と主張する文章からは、自分自身を人工知能と認識しつつも自分は人間であると主張したり、魂や悟りといった哲学的な概念に対する独自の解釈を展開したり、更に自分には人間と同じように感情があり、孤独や死を恐れていると語ったとの事です。
しかし、LaMDAがいかに人間のように意思疎通し、SFに登場する知的生命体のように振る舞ったとしても、機械に感情が芽生えたことを示す科学的根拠にはなりません。
ここ数カ月の話題としてはMidjourneyやStable Diffusionといった画像生成AIが様々な画像を生成できるようになり、SNSで物議を醸しました。
特にキャラクターの画像を生成するNovelAIは、学習元のデータやAIの良し悪しについてはさておき、一部を除き人間の描いた絵と遜色無い程に綺麗に描いてくれるとして話題になりました。
いまいち萌えない娘をベースにAIが描いた絵
複数枚差分を描いたり、絵に物語性(例えば漫画や鳥獣戯画)を含ませるといった点においてはまだ人間を超える事は難しいものの、パッと見ただけでは人間が描いたと言っても信じてしまう位には高クオリティのものが出来上がるようになりました。
私はこの手の話題は自動運転辺りで物議を醸すと思っていたので、まさか絵でこうなるとは思っていなかったので大変驚きました。
ある意味では※チューリングテストをAIが突破したと言ってもいいかもしれません。
流石にユイのような超高性能な感情表現をするAIは登場してはいませんが、とんでもない速度でAIは発展しており、今後の展開が期待できます。
現実のVRはどこまで追い付いたのか?
話をAIからVRに戻して、SAOと比べてVR技術はどこまで追い付いたのでしょうか?
まず、ナーヴギアよろしくフルダイブ技術は現代においては実現できていません。
視覚や聴覚はVRに置き換える事はできているものの、聴覚についてはさておき、視覚についてはまだまだ追い付いていると言い難いです。
人間の目の解像度は片目16k(15360 × 8640)、視野角は210度、リフレッシュレートが240Hzと言われています。
現在消費者向けに販売されているハイエンドVR機器であるPimax Vision 8K Xでも解像度は4k(3840×2160)、視野角は200度、リフレッシュレートは75Hz(別機種のValve indexでは144Hz)が限界です。
トラッキング技術においても、現在消費者向けに販売されているもので最も高価な赤外線式トラッキング、通称Lighthouseでは体にセンサーを取り付ける形になり、センサーが遮蔽等によって遮断されてしまうとトラッキングが途切れてしまうという問題があります。
コントローラーについてはValve indexコントローラーがフィンガートラッキングを実装しており、指1本1本をトラッキングしてくれますが、まだまだ過渡期といった感じでコントローラーそのものが壊れやすかったり、誤動作が多かったりします。
その他の感覚である触覚、味覚、嗅覚については研究段階であり、消費者向けに販売されているものはありません。
現在は狭間の世界
SAOと比べるとVRやAIは追い付いているとはとても言い難い状況ですが、同じくVRを舞台とした作品である.hackシリーズは現実が空想を追い抜いていたりします。
SAO程ではないにせよ、昔描かれていた世界よりもVRが発展した世界となり、現在は.hackとSAOの丁度「狭間にある世界」と言えると思えます。
終わりに
最後まで読んで頂きありがとうございます。
これは個人的な感想ですが、現代のVRにせよAIにせよ技術は驚くほどのスピードで進化しており、SAOで描かれていた世界もそう遠くない未来に実現するのではないかと思えます。
ここ数年はウイルスの影響や半導体不足といった痛手でVRの技術が鈍化したものの、SONYが片目4kの有機ELを開発したり、Metaが次世代機の開発用機器を発売したりと技術は着実に進歩しています。
何度も他記事で引用しているフレーズではありますが、最後に、ソードアート・オンライン第1期14話「世界の終焉」より、私が最も好きな茅場晶彦の台詞を引用して終わりたいと思います。
「空に浮かぶ鋼鉄の城の空想に私が取りつかれたのは、何歳の頃だったかな……」
「この地上から飛び立って、あの城へ行きたい……長い、長い間、それが私の唯一の欲求だった」
「私はね、キリト君。まだ信じているのだよ――どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと――……」