高倍率型入試と低倍率型入試の違い
今回は受験考察シリーズである。筆者が受験考察を行う時に無視している要素の一つが倍率だ。高倍率だろうが、低倍率だろうが、偏差値が同じなら同じだろうという解釈である。高倍率入試は猫も杓子も受けるマス型の選抜であり、低倍率入試は優秀な人しか受けない少数精鋭の選抜となる。
ところが、良く考えてみると、同じ選抜でも高倍率型入試と低倍率型入試では随分と合格者の性質が異なることに気がついた。今回はその考察である。
合格層の違い
ここで言う倍率とは、「受かる可能性が一定程度存在する層」という意味である。E判定の記念受験は含まない。実質的な受験の倍率と考えてもらいたい。
高倍率型入試と低倍率型入試の偏差値が同じだと仮定する。合格に必要な難しさは同等でも、合格者の顔ぶれは随分と違ったものになるだろう。
高倍率型入試は「受かる可能性のある層」が多数押し寄せることになる。すると、受験者の多くがC判定やD判定であると考えられる。定員の3倍や4内のC判定D判定が押し寄せ、その中の一部が運良く合格するという具合である。一方で高倍率入試の場合はA判定合格者が少なくなる。これは経験則というより原理的な問題である。結果として高倍率入試は合格者のほとんどがギリギリ合格層ということになる。
低倍率型入試は反対だ。難易度が高いのに倍率が低い入試は受ける時点で最初から受かりそうな人間が押し寄せているということになる。合格者の殆どはA判定で、普通にやっていれば受かる人たちによって構成されている。この場合、合格者の中には余裕な層が多く、ボーダーと平均が乖離することになる。
高倍率型入試の方が難易度が高そうな印象ではあるが、ここでは難易度が同等であるという前提を置いているので、低倍率型入試の方が上位層が分厚く、平均的なレベルは高いという結果になっている。
典型例
高倍率型入試の典型例は早慶をはじめとした人気の私立大学だろう。これらの入試は受験日が被っていないので、多くの人間が併願することができる。C判定やD判定でも受けるだけ受けてみようという人々が押し寄せるので、倍率は極めて高い。合格に関しても運ゲー要素を伴ってしまうだろう。ちなみに言うと高校受験に関しても早慶は猫も杓子も受験しているイメージである。受かればラッキーであり、落ちても特に犠牲にするものがないので、高倍率になっていくのだろう。
一方、低倍率型入試の特徴が色濃く出ているのが公立高校の入試である。公立高校は受験日が揃っており、一校しか出願できない。そのため「チャレンジ受験」という概念は存在しない。基本的に確実に合格できる学校に出願するのが筋である。内申点も元はと言えばこのために存在しているのかもしれない。公立トップ校であっても倍率が1.1倍だったりするが、だからといって難易度が低い訳では無い。ボーダー層の中学生が1個下のランクの高校を受けているため、会場に現れないだけだ。また、余裕で合格する層が多いため、ボーダー偏差値に比べて学校のレベルは高い。
両者を分ける要因は何か?
高倍率型入試と低倍率型入試を分ける原理は何か?それは併願パターンである。早慶の入試は受かった時のリターンが大きいが、受験して失う物は特にない。ある意味で資格試験のようなものだ。こうなると合格可能性が低い層が次々と押し寄せ、お祭りのような入試となる。
一方、低倍率型入試は併願がしにくい事が多い。公立高校のように統一入試日が設けられている場合がそうだ。この場合は無理に上位の学校に出願して不合格になったら元も子もないため、安全志向の受験が行われる。
高倍率型入試で合格するために必要なのは「運」である。合格者の大半がボーダー層だからだ。一方で低倍率型入試で合格するために必要なのは「自信」である。出願する時点でリスクを取れるかが問題になるからだ。
東大は低倍率入試
東大VS医学部の記事は多数執筆してきたが、両者の違いも高倍率と低倍率で説明することができる。随分と受験生の雰囲気も異なっているだろう。
東大は典型的な低倍率入試である。国立前期の入試日は全て被っているからだ。東大に出願するには相当の自信がないといけない。公立高校と違って浪人が可能なのでリスク許容度は上がるが、それでも気軽に受けられる大学とは言えない。
また、東大特有の事情も影響している。東大は青天井なので、東大のボーダーラインを遥かに超えた生徒も東大に進学してくるということだ。こうした天才型の東大生は当然A判定で乗り込んでくるため、まず落ちることはない。彼らの影響で東大の平均層はボーダーよりも遥かに上になっている。なんとなく国立医学部よりも東大の方が頭良さそうに聞こえるのは彼らが引き上げているからだろう。
特に理科一類や文科一類は低倍率入試の色が濃かった。同系統の学部が上位に存在しないために青天井の性質が更に強い上に、ボーダー層は文科二類や理科二類に志望変更することが多かったからだ。東大は同レベルの併願校が国内に存在しないため、強気の出願で失うものが大きい。旧帝大や他の国立大学の場合は同レベルの私大を併願するという逃げ場があるが、東大は不可能である。だったら無理して上位の学部に出願するのではなく、少しでも入りやすい学部にしようとなるわけだ。
これは一つの仮説でしか無いが、首都圏の人間が東大に合格し易いのは早慶のお陰かもしれない。関西の人間であれば東大ボーダーであれば京大に志望変更したい誘惑に駆られるし、地方の人間も地元の旧帝大と天秤に掛けるだろう。ところが首都圏の場合は早慶を併願できるため、東大受験に関してリスクを負う必要がない。一橋と東工大はあるが、早慶のブランド力はこれらの大学に比べてそこまで劣らないので、東大に落ちて早慶に進学してもそこまで公開することにはならない。東京に比べて地方の方が国立大学のステータスが高いため、志望変更の誘惑に駆られやすいということである。
医学部は高倍率入試
一方、医学部は高倍率入試の典型例である。医学部合格者の多くはボーダーライン付近に固まっており、東大のように余裕を持って合格するような受験生は多くないようだ。
医学部の場合は偏差値が輪切りになっているため、東大理一のように理三合格レベルの受験生がゴロゴロしていると言った事態は起こりえない。そういう受験生は理三に行ってしまうからだ。
また、医学部は特殊な性質により、志望変更が効かない。志望を下げたら医者になれなくなってしまうからだ。したがって浪人を厭わず受験を繰り返す層が多数存在する。ここが東大とはちょっと違うところである。東大は行かなくても問題ない大学なので、もともと地頭の良い人間が多いが、医学部は医者になるには合格するしかないので、ボーダーライン付近で熾烈な争いが繰り広げられる。浪人率も高い。東大受験を楽しそうに語る人間は多いが、医学部はあまり聞かないのは、合格者の多くが四苦八苦しているからだろう。
受験産業の人間が「医学部に受からせるのは東大より難しい」と述べるのも当然かもしれない。東大は余裕で合格する人間が多いのに対し、医学部合格者の殆どは当落ギリギリの戦いを強いられているからだ。開業医の息子のように絶対に医学部に受からなければならない層もいる。こうしたタイプの指導に四苦八苦しているため、受験産業の人間は医学部の難しさを痛感するのではないか。
なぜ統一入試日が存在するのか
受験には統一入試日が存在することが多い。公立高校や国立大学は典型例だが、中学受験でも御三家や駒東は2月1日である。他にも神奈川私立の統一入試日や千葉県などにもある。なぜこうした制度が存在するのだろうか?
統一入試日が存在する場合、併願ができなくなる。したがって、どの学校に出願するかで受験生は頭を悩ませるだろう。ボーダー層であれば一個下の学校に出願して安全牌を取ろうという考えになる。
このことは2つの効用をもたらしている。第一に入試が低倍率になる。すると入試会場を大規模にしなくて良くなるし、採点も楽だ。もう一つ重要な理由として「滑り止めになりたくない」というものがある。上位の学校に落ちて不本意入学してきた受験生よりも、自分の学校を第一志望にしてきた受験生の方が学校側も望ましいだろう。
ただし、統一入試日を作るとそこから不合格になった人はどこに進学するのかという問題も出てくる。したがって、あえて併願校になる学校も出てくるだろう。例えば東京であれば、海城は開成と入試日がずれているので、運悪く開成に落ちた優秀層を回収することができる。
トップ校以外の学校にとってトップ校と入試日を被せるか外すかは判断が分かれるところだ。麻布や武蔵は開成と入試日をあわせているので、開成落ちがやってくることはない。名門校としてのプライドだろう。もし麻布と開成の併願が可能だったら麻布合格者が大量に開成に流れるという事態になりかねない。それは麻布にとってデメリットだ。関西における灘と甲陽学院も同様だろう。なお、首都圏中学受験において筑駒はかなり特殊な位置にあり、御三家合格者がお祭りのように受けに行くので、凄まじい激戦になる。受かればラッキーの宝くじのようなものだ。こちらは高倍率型入試の要素があるかもしれない。
それぞれの極み
高倍率型入試の極みは何かと考えていたが、おそらく首都圏の一部の国立小学校入試と思われる。国立附属は学費が安いので、多くのお受験家庭が受験するので志願者が多い。また、小学校受験の場合は「A判定」が存在しないため、ほぼ運ゲーである。首都圏の中でも茗荷谷三校の倍率は極めて高く、合格確率はどんな人でも1%2%といった世界である。
低倍率型の入試の極みは何かと考えていたが、おそらく日比谷高校をはじめとする公立進学校のトップ校だと思われる。そもそも倍率が1.02倍だったりする。もはや受験の以前に内申点などで調整が済んでいるのである。公立高校ほどではないが、灘や筑駒の高校入試もかなり低倍率型だと思う。超難関高校受験の母集団はかなり少なく、一部のやる気のある層しか受験しないからだ。高校受験は中等教育の途中段階にあるため、あまり高倍率型入試として加熱されると問題なのかもしれない。例外は早慶付属校で、こちらは受かったもの勝ちなので高倍率型入試である。
受験産業の人間はどうにも高倍率型入試を「難しい」と感じることが多いようだ。それは当然だろう。ギリギリの瀬戸際でせめぎ合って、結局受からなかった生徒を沢山見ているからだ。この点、低倍率型入試の指導は簡単である。東大理一の場合は半分くらいは受かるべくして受かっている人たちなので、指導する側も気楽だろう。
まとめ
今回は高倍率型入試と低倍率型入試の違いについて論じた。同じ難易度でも両者の性質は大きく違う。高倍率型入試の合格者の多くはボーダー層であり、幸運に恵まれて合格できた人たちだ。低倍率型入試の合格者の多くは余力を余して合格しており、合格ラインよりも遥か上に位置する人間も多い。運よりもむしろ「出願できる勇気」の方が大切である。両者の気質は随分と違うだろう。
入試ではないので除外したが、民間就活も高倍率型入試の性質が多分に存在する。エントリーの数に上限はないし、資格制限もないから、沢山の人間が応募してくる。これに対して「A判定」に相当するものは存在しないので、尚更運ゲーとなる。一方で国家公務員の就活は低倍率型入試である。入口段階で国家公務員総合職試験があるし、東大卒でないと敷居が高いという文化がある(実際は別に問題はないが)。それに就活日が統一入試日の用になっているため、第一志望〜第三志望が可視化されている。まるで国立大の入試のようである。