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マルチっぽい芸人さんとのエンカウンター

芸人、兼起業家 Tさん

アプリでダイレクトメッセージが来たのは年の瀬だった。いいねの数も多く、珍しく本名で登録していた彼。
そのままググったら起業に関するYouTubeをいくつか出していた。
芸人という肩書きで登録されていたが、実業家の一面を押し出した動画だった。
年は一個上。顔はタイプではないが、あまりお目にかかれない経歴でなんや面白そうかも。

「こんにちは。自分が知らないことを知っていそうで興味が湧きました。良かったらメッセージ待っています。」
あら。私のプロフィール見て、なんか感じてくれちゃった?
しかも芸人さんとかいう自分より面白そうな人に?なんて思ってしまったところから物語は始まるーー

ちなみに一年後、彼とはアプリで再会(発見)している。
またしてもダイレクトメッセージが彼から来たのだ。
私が顔写真とニックネームを微妙に変えて登録したから気づかなかったのか。お粗末さまだ。
「自分の知らないことを知っていそうで興味がわきました」
こいつ、武器少なめなんだな。と思ってそっと閉じたのはいつかの日曜日だった。


「メッセージありがとうございます、よろしくお願いします」と。
初めのメッセージに無難な返信をよこして様子を見た。しばらく至ってまともなラリーが続く。
仕事や休みの日について無難で薄っぺらい会話をしたあと、彼の方から会いませんか?とお誘いがあった。
少なくともヤりたいだけではなさそうだし、特に失礼なこともなかったし、?
というか芸人とかいう人に一回会ってみたいなと仕事終わりにお茶をすることになった。

お店はこちらで大丈夫ですか?と決めてくれたのは渋谷の某カフェだった。
正直渋谷はそんなにアクセスが良くない、が、了承。
彼の方は顧客とのアポの合間の時間を調節してくれたようなので、平日なのもやむなし。
残業はほどほどに、残りは明日の自分に期待するとしていそいそ仕事を切り上げて急ぎ渋谷へ。

「こんばんは。Tさんですか?」
「はい。」
彼は指定したカフェに先に入ってパソコンで作業をしていた。
パソコンはマックを使っていた。わー絵に描いたフリーランスの人だー、と思った。
ご本人は写真より悪くない、が、良くもなかった。
つまり真実をそのまま映し出していたようだ。親切。

とんでもなくお腹が空いていた私はメニューを見ていたが、彼の方は食にこだわりがある様で、夜は何たらかんたらと言ってコーヒーを飲んでいた。
まあ、私食べますけどね。オムライス。
最近主流になりつつある自身のスマホ入力で、自分の分だけメニューをがっつり注文した。
ここからは初対面の初めましてトークが続く。

しかし・・・普通だなあ。
芸人さんということで期待値が上がりすぎていたのかもしれない。
仕事、出身地、家族構成、学生時代、、これまでの人生の情報交換が続く。
趣味の話になり、私が如何に宝塚歌劇団が私の心を魅了してやまないかを語り出したところで、彼の方からこんな感想が。
「面白い方ですね。僕はエンターテイナーを自負しているんですが、そのエンターテイナーに面白いって言われるって、相当面白いですよ!」
いやいや私、全然笑かそうとはしてないし、あなた言うほど全然おもんないから好き勝手しゃべってるんですけど、、。つまらないと言われるよりは百万倍ましだが、違和感を禁じ得ない。
曰く、話の内容も面白いが喋る時の表情が秀逸、とのこと。それ褒めてる?

僕芸人なので、ツッコミよく入れるんですー、喋りがはっきりしているんですーなどとたまにご自身についての注釈が入るので、それなりに覚悟をしてお話を聞いていた。でもそんなにキレのいい会話は心当たりがないぞ。

「すみません、この時間オムライスが提供できなくて・・・。」
店員さんが申し訳なさそうにやって来た。さようであれば仕方がないので、メニューを見返してカレーライスならあるとのことで、それに変更した。
こちとらお腹がぺこぺこなので、食料が提供されるのであればなんでもいい。「なんでもっと早く言いに来ないんですか?」
Tさんは店員さんにくってかかかっていた。意外だった。
自分の顔と名前で仕事してるのに、敵を作らないように振る舞ったりしないんだーとぼんやり思っていた。
店員さんはすみませn、、と眉毛をハの字にして謝っていたものの、すぐに引っ込んでいった。カレーが運ばれてくると彼はすぐに伝票を確認した。
「思ったとおり、オムライスが消えてない。ちゃんと言わないと。」
まあ、お会計の時に言いましょうか、とカレーをもぐもぐしながら提案したが、彼は腹に落ちていないようだった。
「相手にはっきり伝えるのって日本人苦手ですけど、必要だと思うんです。一回ちゃんと言うことは相手のためになりますから。」
彼は確固たる自信を持って、間違いをしっかり正すことの重要性を指摘していた。きょうび“あなたのためを思って言っている”というワードが人間関係において禁句だということを彼は知らないのだろうか。
ははん。オムライス一つで割と性格がわかってきたぞ。

「またお誘いしていいですか?」
お会計でカレー代金をご馳走になることが決まったところで、次お会いする時は出してくださいね、というよくあるやりとりをした。
ちなみにオムライスの伝票が消えていないことを彼はハキハキと指摘して、少しスッキリした様子だった。
今日はもしかしたらべしゃりが不発だったのかもしれないし、もう一回会ってみるかと思い「はい、また是非ー!」と元気よく挨拶してお別れした。
これが元気過ぎたのかもしれない。
何かしらの好感触を与えてしまったようだった。

ラインを交換してあったので、次のスケジュールの提案がサクッと来た。
年明けのいついつはいかがでしょうか?これに私は承諾。
楽しみにしていますね。良いお年を。これで一旦やりとりは終了した。
まだこの時は彼が別の目的を持って近づいてきているやも、ということは知る由もなかった。

2回目のアポは新宿だった。
歌舞伎町に近いそのカフェは新宿にしては空いていることが多く、私だけが知っている穴場だと思っていたらどうやら違ったらしい。
ちなみに最近見たYouTubeの<マルチに突撃してみた>的な動画で、被疑者の女の子が待ち合わせに指定していたカフェもそこだった。
そもそもそういう場所だったんかい。お店からしたらいい迷惑である。

さて、またしても彼の仕事の都合優先で時間と場所が決まった体なのだが、私はお人好しなので、素直にあいあいさーと現れた。
その時には自覚はしていなかったが、扱いやすいやつだと思われていたに違いない。

「普通のことなのに、もう面白いですね。」
年明け早々のアポであったため、厄年ど真ん中の私は初詣ついでの厄払いの帰りだった。
さっき厄祓い行って来たんです、なんか巫女さんが二人がかりで舞ってくれました、と報告したところ彼のお気に召したようだった。
純粋に面白がってくれるのはありがたいけれども、多分厄祓いはそんなに日常的に行くものではないから普通ではないぞ?と私はいらんところで引っかかっていた。
ここから彼は徐々に本題に入っていく。
「今年やりたいこととや、夢とかってありますか?僕は自分で仕事していますし、必ず目標立てるようにしているんです。」
ええー、今年の抱負かあ。そういや最近美術館行ったり芸術鑑賞に興味が出てきたな、ということで芸術方面で自分の知見を広げたい、と回答した。
我ながら真面目である。
するとその回答は彼に新鮮さをもたらしたようで、色々と深掘りが始まった。
いつから好きなんですか?僕は芸術関連に疎いので、よかったら是非聞かせてください。具体的にはどうするんですか?僕も一緒に行ってもいいですか?その視点持った方中々いないと思いますよ。せっかくなのでもっと広げませんか?
気がつけば私は、日本の芸術の教育普及活動に一歩踏み出す、ていうかビジネス化する、という目標をかかげるに至っていた。
「その目標を応援してくれそうな人を知っています。よかったら繋げましょうか。」
彼が独立する時にお世話になった方で、その人自身も会社をやって成功している尊敬する人物なのだそう。
なんだか不思議なことになっているけれども、袖触れ合うも何かの縁っていうし!ということで、ではお願いしますーと私は返事をしていた。
ここにマルチの怖いところが隠されていると今になれば思う。
まるで自分で選択しているかのように錯覚してしまうのだ。
自分がやりたいことに向かって、自分で選んでいる、だから、これはいいことなんだと。

「では○○さんに連絡してみますね、忙しい方なのでもしかしたらオンラインとかになるかもしれません。いずれにしても、僕も一緒にいるので大丈夫ですよ。」
コロナを経た日本社会は繋がり方も柔軟になったもんだなーと、呑気に私は次の連絡を待つことになった。

「やはり○○さんお忙しいみたいで、zoomになりました。大丈夫ですか?」
後日彼からラインが入っていた。自分で会社持っている人ならそんなもんか、と疑うことなく了承して、平日の夜にオンライン面談することが決まった。
ここも巧妙。大丈夫です、と返答するとこちらの意思で最終決定したかのように思ってしまう。

オンライン面談当日、いつものごとく残業を放り出して帰宅した。
なぜなら今日は夢に向かって有意義な話を聞けるかもしれないのだから。
「○○さんは今日も忙しいので1時間くらいになると思います。○○さんが入られる前に2人で少し話をして、退出されたらまたお話ししましょう。」
なんだかそんなに気を遣って面談するほどの人物なのか、失礼がないようにしなきゃと緊張してきたが、終始Tさんも同席してくれるらしく、そこへ安心すらしていた。
面談自体はフレンドリーな○○さんの主導で、和やかに進んだ。
私がやりたいこと、それは面白そうだという賛同、自分のやりたいことが明確なことはとても良いことだという賞賛・・・。
しかし○○さんは私の話を熱心に傾聴するものの、具体的な意見の提起や自分の体験談を語ることはなかった。時間もお終わりに近づいて来たが、なんだろう、得たものがない感じがするぞーと思っていたところで○○さんが口を開いた。「今度よかったらなんですけど、うちの会社でやっている起業支援セミナーに出てみませんか?ワークショップみたいなものもあるので、夢がもっとはっきりすると思いますよ。」
うえー、面倒くさそう。
けどなんか勉強になりそうな話が聞ける気がする。参加は無料らしいし。
ここが頑張りどころかも。その日空いてるし、ちょっと顔出すだけ悪くないか。「是非出てみたいです!」私はそう返事をしていた。
年明け早々私ったらなんて活動的!新しい私に向かって前進してる感じがする!おめでたい私は本気でそう思っていた。

セミナー参加の日が決まり、参加申し込みのURLが送られてきた。
○○さんがzoomを退出した後に、私はTさんにお礼を言っていた。
「勉強になりそうな機会をいただけて嬉しいです。今日は同席してくださってありがとうございました。」
「そのセミナーは僕も参加したことがあって、すごくためになりました。また感想を聞かせてくださいね。ちなみに参加申し込みのところ、紹介者の名前書くところがあるんですが、僕の名前書いちゃって大丈夫ですよ。」
はーい、書いておきます。一種の高揚感に満足していた私はセミナーに参加する気満々でTさんとの通信を終えた。

書いていて、我ながらヒヤヒヤする話である。
結末としては、私はセミナーには参加しなかった。
自分の中で何かがおかしいと本能が猛烈に訴え出したのである。

というのも、セミナー参加の日まで少し時間が開くので、正直なところ面倒になったのが発端だった。しかも休みの日の午後いちあたりの時間設定で、その日他の予定を入れられないのが惜しくなった。
まあ、自分の夢の実現のために休みの日を使うくらい自己投資だよな。
自分でやるって決めたからお誘いいただいたわけだし、行かないのは失礼だ。
ご縁てあるし、人との繋がりは大事にしていかないと。

とはいえ、、セミナーって怪しくない?

お誘いいただいたセミナーをネットで調べてみた。すると検索関連ワードで上がってくるのは
「xxセミナー 怪しい」
「xxセミナー 宗教」
おやおや?
それらの検索結果自体はセミナー運営会社が発信しているものがほとんどで、要約すると「自社セミナーがネットで怪しいと噂されまくってるけど、全然そんなことないんよ」と主張するものばかりだった。こんな有益な情報垂れ流しちゃってるから、怪しく見えちゃってごめん⭐︎というスタンスのようだ。

そして実際に参加したとかいう人のブログも発見。
セミナーでは名著LIFE SHIFTとほぼ同様の内容が、名司会者によって異様な盛り上がりの中展開され、もっと詳しく知りたい人は別途有料の会員になって違う集会へどうぞ!となる流れのようだ。
ほうほう、またたらい回しにされるのか、、と思ったところで、さすがの私も気付いた。

なんかおかしいんじゃないのこれ?

いやでも、自分の夢とか気持ちに従ってここまで来てるんだし、強制されたわけじゃない、!
→会話の流れに身を任せてきただけではなかったか?

断ろうと思えば断れた!
→私の大人しい外見上、丁寧に頼まれれば断らなそうと思われたのでは?

全く知らない人の紹介セミナーなら行かないけど、Tさんは知ってる人だし!
→Tさんも数週間前にアプリで出会っただけの人だぞ?

まとめると、私は「アプリで知り合った知らない人の、よく知らない知人の紹介で、よくわからんセミナーに参加しようとしている」ということになるらしい。
…うん、ダメなやつだこれ。むしろオッケーな要素がない。
自分でもびっくりする冷静さとスピードでスマホを取り出す。
セミナーは参加しません、とラインに入力。
気が変わった、と言うと角が立ちそうなので、その日は都合が悪くなりました、○○さんにもよろしくお伝えください、っと。

Tさんから早速返信が。
「わかりました。○○さんには僕から伝えておきます。よかったら都合のいい日を教えてください。」
私はこの返信には応答しなかった。日程を調整していると見せかけてフェードアウトしようとしたのである。フェードアウトと言いつつも突然返信しなくなっただけなので、不自然さMAXである。我ながらヘタクソだ。

後日Tさんから追いラインが届いた。
「こんにちは。もしセミナー参加について不安があったのだとしたら申し訳ないです。純粋にあなたのためになると思ったからオススメしたまでです。セミナーは抜きにして、できればまた会いたいです。」

あなたのため、ねえ、、。
ラインをブロック。
その頃には完全にただのネットワークビジネス営業だったんだと気持ちを割り切っていた。

大なり小なり、まさか自分がそんな目にというショックはあったものの、また大人の階段上っちゃったなとプラスに捉えているところもあり、連絡が来ても一切動じることはなかった。
物語はここで静かに幕を閉じる。

こう言ってはTさんに大変失礼だが、そもそも初めから恋愛対象として全く見ていなかったことが、冷静にSTOP & LOOKできた要因の一つであったと思う。
見た目が刺さってしまっていたらどうなっていたことか。

不幸にも見た目が刺さってしまったマルチ疑惑のメンズの話は別のお話で。
そして他にも並行して何人か会っていたので、それもまた別のお話。

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