海外鉄道の録音撮影旅―7度目の渡韓編― その4
~2024年11月6日(水)から12日(火)にかけ、韓国の鉄道旅行をしてきました。
電車の録音や撮影を趣味とする人間の、一風変わった旅行記をお読みいただけたらと思います。~
前回の記事はこちら↓
目が覚めると同時に、荷造りを始めた。
大半は昨夜のうちに済ませてあるので、やるべきことは歯ブラシをしまったり、コンセントをまとめたりする程度である。
3泊した富平の東横インを後にしたのは、朝の9時半過ぎ。
ビジネスホテルの利用経験が浅い私は、チェックアウト前のエレベータ混雑を避けるべく、気持ち早めに宿を出ることにした。
ソウルにいるうちにやりたいことは、8号線の撮影と録音であった。
8号線は、ソウル東部の郊外を走る路線で、都心からかなり外れた所を通る。
去る8月に北方へ延伸開業し、それに伴い新型車両が導入された。
新型車両自体にはそこまで興味が無いけれども、まだ撮影者が少ないのでニュース性はあるだろうという卑しい理由で、かつて私が発見した撮影地で撮影をしたいと考えていた。
またせっかくなので、路線延長後初の録音も一応しておきたい。
この日は土曜日ということで、電車の本数も既に日中並であった。
前日と同様、地下の仁川1号線ホームに向かうと、直前に電車が発車したばかりで、次の電車は7分後であった。
しかもどういう訳か、終点まで向かわない박촌(朴村 パクチョン)行きの区間列車であった。
空港鉄道との連絡駅である계양(桂陽 キェヤン)を目指していた私は、心底ガッカリした。
ところが、いざ朴村行きの列車に乗ってみると、終点の朴村で桂陽行きの始発電車に乗り換えることができた。
朴村を発車すると、暫くして地上区間に出た。
右手に車両基地を見ながら、終点桂陽の1つ前、귤현(橘峴 キュリョン)という駅に到着した。
このまま桂陽まで乗るつもりでいた私であったが、ここにきて気が変わった。
ホームに降り立ち、列車を見送ると、ホームの先端まで移動した。
目論見通り、ホーム柵のガラス越しに反対側の線路がよく見渡せた。
リュックからカメラを取り出し、程なくしてやって来た列車に向けてシャッターを切ると、仁川1号線の電車がスッキリと画角に収まった。
太陽光線の角度も完璧だった。
このまま4本の電車を撮影したが、その待ち時間の間に、私はまたも気が変わった。
桂陽ではなく、ソウル7号線の온수(温水 オンス)へ向かうことにしたのだ。
何故こんな急ハンドルを切ったかというと、7号線内でかなりレアな車両が走っている可能性が浮上したためである。
「可能性」と言ったのは、確定ではなかったからだ。
事情はこうである。
7号線を走る7000系のうち、4号線を走る4000系と同様のGECアルストムGTOを搭載する電車(一旦「従来車」とする)が2本在籍している。
本来はもっと多くの編成が在籍していたものの、経年による廃車が進行し、既に平日のラッシュ時にしか入らないようになっていた。
ところがアプリによれば、土曜日であるにもかかわらず従来車が2本とも走行中となっていた。
但し、これには落とし穴があった。
実は、全く同じ番号の新造車が既に営業運転を開始しており、編成番号だけだと従来車か新造車かが分からないのだ。
平日の場合は、従来車と新造車の同番号が同時に走っていることがあり、「どちらかが必ず従来車」という状況となる場合がある。
しかし、休日で運用入りする編成が少ないと、アプリ上では判断が付かない。
特別な事情が無い限り、休日に従来車が走ることは無いと聞いたことがあったものの、この時の私は僅かな可能性にかけてしまった。
2本候補があれば、どちらか片方ぐらいは従来車である「可能性」があるだろうと。
結果的には、完全に敗北を喫した。
2本とも比較的近い時間に走っていたのだが、どちらも新造車でやって来たのだ。
はっきり言って、この新造車の音は魅力的ではない(日本でもほぼ同じ音を聴くことができる)ので、記録する気も起こらない。
既にお昼を回ってしまい、残された時間が少なくなってきた。
そう、今日中に釜山へ行かなくてはならないのである。
最初の3日間が順調だっただけに、4日目にして初めての大失敗であった。
結局、西海線経由で김포공항(金浦空港 キンポゴンハン)へ向かい、そこから5号線の録音をすることにした。
西海線の金浦空港駅は2023年に開業したばかりで、空港駅を名乗りながらこれが5路線目となった。
空港駅が巨大な乗換駅となっている例は日本には無く、どれほどのものか気になっていたので、この機会に観察してみることにした。
全路線が地下にあるので覚悟はしていたものの、最後に開通した西海線の駅は信じられないほど地下深くにあった。
ホームから最初のコンコースまでエスカレータを上がった後、ビル5階分はあろうかという長いエスカレータに2本も乗った。
さらに1本エスカレータを乗り換えると、ようやく見覚えのあるコンコース階へ到達した。
これほど乗換えが大変だとは思ってもいなかったので、実用的に使うのはよした方が良さそうだと思った。
金浦空港からは、一旦5号線の起点である방화(傍花 パンファ)に向かい、そこから終点に向かって5000系の録音することにした。
5号線には、スイスのABBというメーカーのGTO-VVVFを積んだ車両が多数走っており、低い音から1オクターブ半も上がってその音で伸びるという、非常に特徴的な音色を奏でる。
初の渡韓時に偶然遭遇して以来虜になり、5号線は録音目的で頻繁に訪れている。
ただ、今回はまたも巡り合わせが悪く、当該の車両は2本も待ってやっと乗ることができた。
5号線はソウル駅こそ通らないものの、金浦空港から韓国政治経済の中心である여의도(汝矣島 ヨイド)、観光地である서대문(西大門 ソデムン)、동대문역사문화공원(東大門歴史文化公園 トンデムニョクサムヌァゴンウォン)といった場所へ直通する主要路線で、全線が地下に建設されている。
途中の강동(江東 カンドン)という駅で二手に分かれ、本線は하남검단산(河南黔丹山 ハナムゴムダンサン)、支線は마천(馬川 マチョン)へと向かう。
今回はその後の行程の合理性から、馬川行きの電車に乗った。
支線は、馬川から3駅手前の오금(梧琴 オグム)で3号線と連絡している。
馬川まで録音した後は、梧琴まで戻って3号線に乗り換えることで、가락시장(可楽市場 カラクシジャン)で8号線に乗り換えられる。
私が目指す撮影地の남위례(南慰礼 ナムィリェ)という駅には、この方法が最も早く辿り着けるのだ。
馬川から南慰礼までは、乗換えを含め30分ほどで到着した。
南慰礼は2021年末開業の比較的新しい駅で、8号線唯一の地上区間にある。
ホーム端のガラス越しに対向の電車を撮影できるのを発見したのは、2回目の渡韓時である2023年2月であった。
それ以来、度々訪れている場所である。
およそ1年ぶりであったが、かつて更地だった駅周辺の開発が随分進んでおり、変貌ぶりに度肝を抜かれた。
冬場で太陽高度が低いため、次の冬はビル影でまともに撮影できないかもしれないと思った。
8号線8000系の在籍数は、例によってGECアルストムGTO搭載の従来車とそれ以外の車両が半々ぐらいである。
適当なところで撮影をやめ、従来車に乗り込もうと思ったが、そのタイミングで後続の列車が新型車ばかりとなってしまい、結局1時間半も滞在することとなった。
起点の모란(牡丹 モラン)に向かい、録音を開始した頃には17時を回っていた。
撮影を一足早く切り上げていれば1往復乗れたかもしれないが、この後の行程も考えると片道乗るのが精いっぱいとなってしまった。
少し前までは5号線の乗換駅(千戸 チョンノ)の隣駅である(岩寺 アムサ)が終点だったので、片道30分程度と手軽に録音できたのが良かった。
今では路線長が40%ほど延びた上に、新たな終点の(別内 ピョルレ)が都心から大きく離れたところで、これから向かうソウル方面へのアクセスも極めて悪い。
一応乗換え路線はあるものの、後述の理由で利用をためらっていた。
ついさっきまで撮影していた南慰礼を通過すると、既に真っ暗になっていた。
夕ラッシュ帯に差し掛かり、各駅で人々が激しく出入りを繰り返した。
前回渡韓時に終点だった千戸をさっさと発車すると、更に地下を20分ほど走り続けた。
終点の別内には、18時前に到着した。
さて、別内では(京春線 キョンチュン線)という路線と接続しているものの、これが非常に不便である。
まず、京の文字を冠していながら、一般的な通勤電車は一部を除き、(京義・中央線 キョンイ・チュンアン線)という路線の(上鳳 サンボン)までしか運転されない。
運よく清涼里まで直通の電車に当たったとしても、そこからソウルへ向かうにはもう一度乗換えが必要となる。
しかも、本数が1時間2~3本程度と非常に少なく、殆ど使い物にならない。
別内に着いてから時刻表を確認したところ、次の列車まで20分以上も待ち時間があった。
そんな訳で、再び8号線に乗り込み、3駅目の구리(九里 クリ)まで戻ることにした。
ここは京義・中央線の乗換駅である。
京義・中央線も1時間に4本程度の運行ながら、こちらの方が乗換えがスムーズであることが分かったので、コンコースを逆戻りし、8号線の牡丹駅ホームへ向かった。
九里からは京義・中央線に乗り込み、清涼里の1駅手前である회기(回基 フェギ)で首都圏電鉄1号線の電車に乗り換えた。
次の清涼里でも乗換え可能だが、1号線のホームが地下なので、乗り換えるならばどちらも地上にある回基の方が便利である。
ソウル駅には19時過ぎに到着した。
さて、ここからKTXに乗って釜山に向かう。
KTX等が発着する長距離列車のホーム上コンコースには、有人窓口と自動券売機がずらっと並んでいる。
いつもお世話になる有人窓口は長蛇の列であったため、がらがらの自動券売機へ向かった。
自動券売機を使うのは初めてであったが、発駅と着駅、発時刻、列車種別(KTX、ITX、ムグンファなどの列車があるため)を入れると列車と座席の候補を出してくれて、列車を選択すればあっという間に決済画面となった。
日本のJRの駅にある指定席券売機とは比較にならないほど分かりやすい。
ところが、クレジットカードを何度読み込ませても決済が上手くいかない。
現金投入口も封じられていて、にっちもさっちもいかなくなってしまった。
ふと上を見ると、クレジットカードは韓国国内のもの専用であることが書かれていた。
諦めて有人窓口の列に並ぼうとしたら、ちょうど国際対応のフルタッチパネル券売機が視界に入った。
そこでようやく、いつも目にするレシート状のKTXチケットを購入することができた。
ひと悶着あったとはいえ、最終的にチケットを入手するまで10分とかかっていない。
列に並ぶよりよっぽど早く買えたし、何なら次から同じ失敗をすることも無い。
JRの指定席券売機も、ややこしい画面など出さずに素直に発券できる仕組みにするべきだと思った。
今回選択したKTXの発車時間は19時54分。
発車まで30分ほどあったので、駅舎内のマクドナルドで夕飯を済ませてから乗り込むことにした。
韓国のマクドナルドでもタッチパネルのキャッシュレス決済が活躍している。
ちょうどこの時期、チーズバーガーとポテトSサイズのキャンペーンをやっており、同様のバーガー類の半額ほどで買うことができた。
グルメに拘りの無い私は、最終日までホテル朝食とチーズバーガーのみで食いつなぐこととなった。
さて、今回乗車したのは、KTX開業時に導入された100000系という列車で、外観はその基となったフランスの高速鉄道TGVとよく似ている。
リクライニング角度は浅く、座席の向きも固定され、前後左右の幅も少々狭いことから、着席面での快適性は日本の新幹線に劣る。
しかし、いざ走り始めると静粛性では100000系が大きく勝ることが分かる。
まず、100000系は動力を編成の前後に集約していることから、そのモーター音は客室内では全く聞こえない。
そして、車体の真下に台車を備える新幹線と異なり、100000系は隣り合う車体間に台車を持つことから、線路の継ぎ目を通る時のガタンガタンという音が客室に漏れてこない。
総合的に快適性という点ではそれぞれの良さがあるものの、音鉄的にはKTXに乗っている時間はそこまで楽しくない。
ソウルから釜山まで、暗闇の中をひたすら南進した。
うとうとしているうちに、대전(大田 テジョン)、동대구(東大邱 トンデグ)といった大都市の中心駅へあっという間に到達し、終点の釜山には定刻22時28分に到着した。
~その5へ続く~
★2024年11月9日の行程★