見出し画像

ボランティアの意義

ボランティアはなぜ成り立つのか。金銭的報酬もなければ、労働契約を結んでいるわけでもない。にもかかわらず、多くの人々が積極的に参加している。

多くの人々は自分の活動を時給に換算したがるが、すべての労力が金銭で換算されるのであれば、誰もやりたがらない社会課題はすでに解決しているはずだ。それにも関わらず、お金が出ないボランティアは何のために行うのか。ここでは二つの側面からその価値を見出そう。


個人的意義


ボランティア活動には、自分自身にとっての価値がある。
まず、コミュニケーション能力や対応力など、自分の経験値を高めるという無形の報酬を得られることだ。例えば、私が学部生の時代から携わっている大学のオープンキャンパス運営も、金銭的報酬は出ない。それ以上に人前で話す力や連携力、おもてなしの精神といったスキルが身についたと自負している。もしこの活動に金銭が伴っていたら、参加者の多くが「金稼ぎ」を目的にし、時間さえ過ぎるのを待つだけの者が増えていただろう。この活動では、「高校生に大学を印象付ける」といった活動本来の意義を見出すことができる。
このように、ボランティアには個人の成長を促進する意義があるのだ。

仕事も同様だ。金銭だけで物事を考えるからこそ、無駄なやり取りを避け、何としても定時で帰ろうとする若者が増えている。彼らは飲み会などの交流を敬遠し、仕事そのものを「こなすだけのもの」と捉えるようになってしまっているのではないか。このような風潮が進むと、業務内外の人間関係が希薄になり、職場の本来の目的である協力や成長の場としての価値も失われてしまう可能性がある。

社会的意義


次に、ボランティア社会的意義について考えてみよう。
例えば、一般的にゴミ拾いは誰でもできるが金銭的な報酬はない。それでも、まちをきれいに保とうとする利他的な気持ちや環境保護に対する意識が醸成される(個人的意義)だけでなく、実際にまちがきれいになることで環境整備も進む。

オープンキャンパスの例でも、大学生が直に運営を行うことで、高校生に親近感が生まれ、結果的に大学の広告宣伝効果にもつながる。これは大学の入学者確保のためにも重要な活動であり、社会にとっての価値も高い。


ボランティアの必要性


ボランティアには金銭的報酬以外の活動意義が含まれている。だからこそ、ボランティアにおいて金銭的報酬を求めるべきではない。目先の利益だけを追い求めていると、あらゆる活動に本質的価値を見出せず、本当に必要な価値観を見失ってしまう可能性もある。

金銭的報酬以外のインセンティブを、自分自身の成長や社会貢献と位置付けて行動することで、新たな可能性が広がるだろう。他人や社会への思いやりも含め、私たちの生活はさまざまなボランティア活動に支えられている。ぜひ、身近なボランティアから始めてみるのはいかがだろうか。

いいなと思ったら応援しよう!