アジュンマとアジョッシに元気もらう今日この頃
かっこいい生き方像というのはいろいろありますが、私にとって外せないのが、気軽にふらっと美術館に行っちゃう自由さ。距離や場所は関係なく、地方でも外国でも、ただ「見たい絵がある」の動機ひとつで動いちゃう風のような人。
想像しただけでかっこいいです。
理想があるなら体現しようの精神で、先週、釜山に行ってきました。目的は、今月まで開催されていた美術展の『モネからアンディ・ウォーホルまで』。
ソウルから釜山までは約2時間半で到着します。
久しぶりのKTX。鉄道も飛行機も、予約するときは窓側と決めています。今回はひとり旅。そこに3人のアジュンマが乗車したのは、ソウル駅を出発して次の目の駅でした。キョロキョロしながら自分たちの席を確認し、隣に座ったアジュンマたちは元気いっぱいで楽しそう。
発車して間もなく、音楽を聴きながら窓の外を眺めていた私の目の前に、リンゴナツメを持った手がすっと現れました。
「食べなさい!」
振り向くと、エネルギッシュなアジュンマの笑顔がありました。
他人だとか、音楽を聴きながら独りで浸っているとか、ありがた迷惑かもしれないとか、そんなことは関係ありません。相手はお腹が空いていないかもしれませんし、果物はそれほど好きではない可能性もあります(←自分のこと)。が、そんなことは重要ではないのです。
食べ物はみんなで共有するのが、アジュンマの精神ですから。
突然のことで驚いた私は「いえいえ、大丈夫です」とお断りしましたが、返ってきたのは「大丈夫だから食べなさい」。とってもアジュンマらしい。ありがたく頂きました。
アジュンマのすごいところは、これで終わらないところです。
食べ終わった後の種を包むティッシュまで一緒にくれました。さすがの気遣い。自分だったらここまでしないだろうなあ。その後、私が食べ終わったのを確認すると、再びリンゴナツメをいくつもくれました。
私ってアジュンマグループの一員だったっけ?
そんなことを冗談半分に思いながら「こんなに頂いちゃって悪いです」と伝えると、「大丈夫よ、どうせチング(友人)のやつなんだから」と、今度は茶目っ気たっぷりな言葉が返ってきました。
素敵。
そう言われて、通路を挟んだ隣の席に目をやると、ビニール袋いっぱいに入ったリンゴナツメがありました。あんなに食べたのに、まだあんなに残ってる。他の人にあげたとて、問題なさそうです。
その後は、優しい甘さの餡子が詰まったお餅まで頂きました。そのときは「同じ目的地に向かう仲じゃないの」ですって。
これまた素敵。私、そんな理由で知らない人にモノをあげたことなんてなかったなあ・・・。
これだけいろいろもらったのですから、種だけは自分で捨てるぞと固く決意した私。アジュンマのお節介精神はとても広いので、必ず私のゴミも捨てようとしてくれるはずです。その瞬間に備えて、お断りの言葉までしっかりと準備しました。
――しかし、アジュンマはそれを軽々と超えていきます。
何も言わず、当たり前のように、驚く速さで、テーブルの上に置いていたティッシュをスッと取り、ゴミ袋に入れて片付けてしまいました。「あ、すみません、ありがとうございます」と慌てて言うも、お礼なんて言われるようなことはしていないわよと言わんばかりのクールな振る舞い。
アジュンマたちのかっこいいところは、食べ物はくれても、それ以外に話し掛けてくることは一切無いところです。釜山に到着した際も、荷物をまとめてさっさと降りてしまいました。
そこがまた素敵。
そんな、韓国生活中に勝手に築き上げられたアジュンマ像を見事に体現するおばさま方。
お腹も、心も、満たされました。ありがとうございます。
◇◆◇
翌日、釜山で絵画と海とカフェを楽しんだ私は、再びKXTに乗車します。
車内で飲むコーヒーもしっかり買って、準備万端。しかし、アプリに表示された席に到着すると、そこには幼稚園くらいの女の子を連れたアジュンマが座っていました。孫とおばあちゃんのふたり旅。
「あ、ここの席でしょ? ごめんなさいね。小さい子を連れているから後ろの席と代わってもらえないかしら?」
KTXのチケットは間際に購入すると、バラバラの席しか空いていないことがよくあります。もちろん私としては何の問題もありません。むしろお手伝いできて嬉しいくらい。
快く引き受けて後ろに座るとすぐ、目の前の席と席の間からアジュンマの手が伸びてきました。
手には、可愛らしい小ぶりのみかんが2つ。
私は「いえいえ、お気遣いなさらず・・・」と言うと、上品な笑顔を向けて再度お礼を言うアジュンマ。その対応に、心が温かくなりました。
なんだか、今回の旅ではもらってばっかりだなあ。
それにしても、アジュンマたちのカバンの中は、ドラえもんのポケットのように食べ物がいろいろと詰まっているようです。
◇◆◇
――それから2、3日後のこと。小雨がぱらつく中、私は横断歩道の信号を待っていました。
定期検診だとしても、歯医者に行くのはいつも気が重いものです。私の心を見事に表現しているような空模様だこと・・・。
同じように信号を待つ人々の中に、アジョッシはいました。
今思うと、さしている傘を横に傾け、雨が降っているかどうか確認していたのが見えましたが、もちろんその時は、見知らぬ相手に何かを思うことはありません。
そして、信号が青になったと同時に歩き出すと、左後方から声が聞こえて来ました。
「傘に入って行きなよ!」
大きめの傘をさしたアジョッシが、確かに私の方を向いて、そう呼んでいました。
昔からなるべくなら傘はさしたくない性分で、この日もこれくらいの雨なら大丈夫だろうと思い、わざと手ぶらで外出しました。ひどくなるようであれば、パーカーの帽子をかぶればいい。しかし、他の人たちは当たり前のように傘を持っていて、このとき初めて、雨が降っていないかをアジョッシが確認していたのは、傘をさしていない私を見たからだと気づいたのです。
すでに小走りになっていた私は「いえいえ、大丈夫です」とそのまま去りましたが、もう少しちゃんとお礼を言えばよかったと、ちょこっと後悔。
それにしても、こういう時に迷いなく手を差し伸べるアジョッシって素敵です。歯科に向かう憂鬱な心が、少しは晴れたような気がしました。
そんなことがあった今日この頃・・・。
世界は素敵な人で溢れています。
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