韓国近現代美術を代表する画家・張旭鎭~「最も真剣な告白」at 国立現代美術館③家族の物語~
過去2回に続き、今月まで国立現代美術館の徳寿宮館で開催されていた「最も真剣な告白:張旭鎭 回顧展(가장 진지한 고백: 장욱진 회고전)」についての記事です。
60年振りに日本から戻った《家族》の物語とともに、ご覧ください。
※張旭鎭(장욱진/チャン・ウクジン)は韓国の近現代美術を代表する画家です。
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3番目の告白「眞、眞、妙」
(세 번째 고백 - 진眞. 진眞. 묘妙)
これまで観てきた作品とは打って変わって、3番目の告白では墨画が多く展示されていました。「誠に一驚するほどの美しさ(참으로 놀라운 아름다움)」の《眞眞妙》から始まり、張旭鎭の内面にしみ込んだ仏教的世界観と哲学、精神世界を探求します。
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◆60年振りに日本から帰還した《家族》
本展示でひと際重要な意味を持つ作品があります。それは、1955年に制作された《家族》です。
《家族》は、1964年に初めて開催された張旭鎭の個展に出品されました。本作品は、画家として初めて購入を受けた作品でもあります。
購入したのは、当時、日韓経済協力事業の一環として韓国を訪問していた塩澤定雄(1911-2003)氏。張旭鎭は本作品を大切にしていたため、売るつもりはありませんでしたが、どうしてもと2度、3度訪れる塩澤氏の熱意に心を打たれ、展示最終日に売り渡すことを決意します。
――時は過ぎ、1990年。
張旭鎭がこの世を去り、遺族は1周忌を迎えるにあたって張旭鎭の展示会を企画します。その際、日本に渡っていたこの《家族》を展示したいと考えました。
作品を渡した際に受け取った名刺を頼りに、塩澤氏への連絡を試みます。
しかし、残念ながら、塩澤氏は当時82歳で病の床に伏していたため十分なやり取りができず、また塩澤氏のご家族も詳しいことは把握していなかったため、願いが叶うことはありませんでした。
それから30年余の時が過ぎ――。
この間、塩澤氏も張旭鎭の妻も亡くなります。人目に見られることも一切なくなり、《家族》はまるで神話や伝説のように口伝でのみ伝えられるようになりました。
2023年、国立現代美術館は今回の回顧展が最期の機会になるかもしれないという想いで、《家族》を探し出すことを決意します。
しかし《家族》を探し出す作業は、やはり困難を極めました。
日本の権威であり、尚且つ日本芸術院の会員でもある高木聖雨氏に協力を求め、直筆の手紙をご子息宛に3度送りますが、受け取った返答は「探してみたものの、家にも、亡くなった父のアトリエにもなかった」というもの。
本当にないのだろうか。
他の人の手に渡った可能性は?
これまでの努力を考えると非常に悔しいが、それでも諦めるしかないのでは・・・。そう過ることもあったと言います。それでも、《家族》に対する作者本人と家族の想い、そして美術史的価値を考えたら、どうしても諦めることはできなかったと学芸研究士のベ・ジョンウォン氏は語ります。
塩澤氏のご子息に対し、本作品の現存の可能性を明らかにすることは非常に重要である旨を伝え、最終的に「実際にアトリエで探させてほしい」と懇願する意思を伝えます。
その間およびその後も、様々なやり取りが行われ、また他の機関・組織による助けや協力もあり、遂にアトリエで探すことが実現します。
――暗く、埃に覆われた屋根裏部屋。
その中にある古い押入れに目が行きました。なんとかして戸を半分開け、体をねじらせてようやく入ることのできた暗闇に、スマホのライトを照らします。すると、所狭しと重なり合った様々なモノの奥に、やや傾いた状態で収められている一つの額縁を発見しました。
まさかと思いながら手を伸ばし、取り出すと・・・。
それは紛うことなく《家族》の作品でした。
※実際にアトリエで探す様子は、下記ページの写真からご覧いただけます。
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このセクションは一つの作品に込められた作者と家族の想いだけでなく、キュレーターの方の役割と努力を強く感じるものでした。
企画や交渉、作品の移送から、展示で実際に使用する説明文とそれに合わせて出版される書籍まで(しかも英語訳付き)。様々な人々の協力とともに(その調整も大変だったことでしょう)、相当の苦労があっただろうと推測します。
そんなことも含め、この《家族》にまつわる物語を読み返しながら当時の写真を眺めていると、あらためて作品を鑑賞できるありがたさを感じ、感慨い深くなる次第です。
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■■参考文献■■
ベ・ウォンジョン(배원정). 2023. 「60년 만에 일본에서 돌아온 장욱진 1955년 작 <가족>」『가장 진지한 고백: 장욱진 (1917-1990) 회고전 (The Most Honest Confession: Chan Ucchin Retrospective)』. 国立現代美術館