Facebookで最後に見たのは元上司のつぶやきだった
記憶を辿ってみたところ、アカウントを作ったのは17、18年前。
本格的に使い始めるのはそれから2,3年後のことで、海外にいる友人と連絡を取ったり、想い出の瞬間を共有したりする目的で利用しました。Friends が増えるにつれて世界を身近に感じる Facebook。
それが、ここ数年は1、2年に1度ログインする程度になりました。
仕事関係の知り合いが増えたことで少しずつ距離を置くようになり、またきっと多くの方がそうであるように、SNS 疲れとやらを多少なりとも感じていたのだと思います。実際に Facebook を開かなくなった世界は爽やかで、開放感がありました。
それでもアカウントを持ち続けていた理由は、Facebook でのみ連絡可能な友人が多くいたからです。メールアドレスを知っていても、コミュニケーションのしやすさは敵いません。
その後、Facebook を開く理由はハッキングされていないことの確認のみになりました。不審なアクセスがあればメールが届くよう設定してはいたものの、放置しっぱなしは不安ですから。
でも、もうさすがに「さよなら」しようと思いました。
退会のために約2年ぶりに開いた Facebook で目にしたのは、友人たちの元気な姿と、ログインしないにも関わらず毎年のように送ってくれる Happy Birthday メッセージ。そんな、いわゆるキラキラした投稿に紛れて、どこか暗澹たる面持ちの文章が1つありました。
昔の上司の言葉です。
今の組織でこれ以上のプロモーションは望めそうになく、そもそも自分が必要とされているのかも分からない、そろそろ本当にしたいことを見つけて別の道を歩むべきかもしれないという内容のつぶやきでした。
決して好きではなかったあの上司。
お世辞にも仕事ができるタイプとは言えず、昇進するのが難しいのは想像に難くありませんでした。しかし、前例に従うのは得意中の得意。こういう人こそ適切な組織に所属すれば、紆余曲折あれど組織人としての人生を順調に歩んでいくのだろうとも思っていたため、意外といえば、意外でもありました。
ま、人生いろいろあるよね。
そんなことを思いながら進める退会プロセスには、今までに築いたネットワークに対する未練が伴います。勇気というヤツが必要らしい。
思いがけず最後の後押しをしてくれたのが、先程の元上司の言葉でした。
果たしてこれは自分に対する言葉だったようです。
うん、そうね。必要なご縁は必要なタイミングで生まれるものだし、Facebook なしでも続いていくもの。ここ数年、躊躇して踏み出せなかった1歩を、今、踏み出そうじゃないの。
そう思いながらクリックした退会ボタン・・・でしたが、どうやらアカウントの完全削除には30日の猶予期間があるそうです。
え~・・・こんにゃろめ。