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『ポンペイ展』とその後に学びを得た話

 5月、友人に誘われて『ポンペイ展』へ行ってきました。こういうものを見れるなかなか無い機会だったので結構ワクワクしながら行ってみたら、なんとも不思議な感覚に包まれ意外な後味で会場を後にすることになりました。そして後日、その不思議な後味が一体何だったのか、その一端について学びを得る体験もすることになりました。これは、その展覧会当日と後日についての話です。

『ポンペイ展』当日の話

 改めて考えてみると、ポンペイが噴火で埋まった街ということは知っていても、どの時代のどこの話なのかがそもそもあやふやだったことに気がつきました。そこで、事前に軽く調べて「およそ2000年前のイタリア、火山の噴火で埋まった街」くらいの認識を頭に入れて向かいました。
 そしてこのふわっとしたイメージが、その後の不思議に繋がるのでした。

『ポンペイ展』で見たもの

 展覧会当日。『ポンペイ展』では、現地で出土した様々なものが展示されていました。

この展覧会では撮影・投稿OKということだったので、実際に撮影した一部を紹介します。

炭化したパンなどの食品
ポンペイといえばな展示物。火山の噴火が切り取った当時の生活を感じられるものたち。
壁に描かれたフレスコ画や
精巧に作られたモザイク画
邸宅を彩っていた展示物。2000年前のモチーフ選びを垣間見ることができる。
大小様々な人物の像や
細やかな装飾がなされた入れ物
技術に目を見張る展示物。この時代の製作技術力の高さを見て取れる。
フライパンなどの調理用品や
染料などの生活用品
暮らしを感じられる展示物。2000年前に使われていたものたち。

 この他にも様々なものが展示されていました。


『ポンペイ展』で感じた不思議

 さて、この展覧会で歩みを進めていくと、不思議に思うことがふつふつと湧き上がってきました。

(不思議1) あまり"災害"のことを感じさせられない?
 展覧会の始まりこそポンペイの人々の石膏像が展示されており、火山災害の凄惨さを感じられるようにはなっていましたが、その後の展示は当時の生活に焦点が当てられており、ともするとこれらが火砕流に埋もれたものだということを忘れてしまいそうになるような展示になっていました。ポンペイといえば火山災害のイメージが強く、それを感じられる出土品や発掘の様子についての話がメインとイメージしていただけに意外でした。

(不思議2) 2000年前なのにデザイン感覚がそう遠くない?
 展示を巡る間にもう一つ忘れてしまいそうになったのが、これらが2000年前に作成されたものということです。例えば、モザイク画や人物の像の作成技術が2000年も前に既にこの水準で存在していたことに驚きましたし、生活用品などの形状や装飾も現代の目から見ても納得感のあるものが多かった印象でした。
 特にこのデザインの共感性の高さで印象に残ったのが、水道管と犬の2つです。

水道管のジョイント
そもそも2000前に水道管が整備されていたことに驚きであるが、
このシンプルで実用的な形状も意外。
猛犬注意を示すタイル
2000年前でもこれを示す文化が存在したことが意外。

 このように、単に技術が2000年前と思えないだけでなく、それらを用いた形状のデザインや用途のデザインが現代でも理解しやすいというところが、どこか不思議に感じていました。

 

その後に得た学びの話

 『ポンペイ展』を見ながら感じた不思議は、どこかもやもやとした引っかかりとなったまま、会場を後にすることになりました。流石にこのままもやもやを抱えたままのは気持ちが悪かったので、その不思議の正体を探ることにしました。

デザイン感覚の不思議に対する考察

 会場から出た後、まずこのデザイン感覚の不思議について友人と話をしました。「2000年も前のものなのにデザイン感覚がそう遠くないと感じるのはなぜだろうか?」という疑問に対して、友人の一人は「西洋史の暗黒時代やルネサンスがキーになるのでは?」という考察をしていました。2000年もの期間がある中で停滞や古い時代のリバイバルがある影響で全体として丸2000年分の進化が起きなかったという考えです。確かに一理ありそう。

 そして考察を続けていると、この「不思議」に感じる原因を見つけました。それは「現代との距離感を日本史基準で感じ取っている」ということでした。西洋史は深く学んだわけではないので、どうしても日本史ベースのイメージが先行してしまい、数百年前や千年前の文化レベルなどというと、写実的な表現は少なく、文字の形状は異なるといったような距離感が先入観として存在していたようです。実際日本史で2000年前というと卑弥呼以前なので相当文化レベルの距離感があるように思えます。
 また、西洋のデザイン感覚が日本では比較的新しい時代に普及したという点も、「日本の数百年前と距離感を感じる」ということや「2000年前のポンペイが思ったより近く感じる」ということに影響を与えているのだと思います。

 トータルとして、「2000年も前のものなのにデザイン感覚がそう遠くないと感じる」という不思議な感覚の正体は、「現代との距離感を測るものさしが日本史ベースの感覚に偏っていた」という、「認識のズレ」だったのでした。


火山災害を感じない不思議に対する考察

 『ポンペイ展』を後にした数日後、偶然ポンペイについての解説をナショナルジオグラフィックが投稿しているのを見つけました。そして、この動画を見て『ポンペイ展』であまり火山災害を感じさせなかった不思議についても学びを得ることになるのでした。

 動画では、ポンペイ現地を巡りながら特筆すべき秘宝を通じて当時の生活についての解説を行なっています。もちろん火山災害に対する解説があるのもありますが、こちらの動画の方が見ていて『ポンペイ展』よりも火山の影響を感じます。この違いは一体何なのでしょう。

 考察したところ、『ポンペイ展』とナショジオの動画の大きな違いは、ポンペイ現地にあると考えました。どちらも当時の生活の様子という点を取り上げていますが、ナショジオの動画はポンペイ現地の様子と合わせて紹介しています。そのため、出土された物品だけでなく発掘された現場の様子も確認することができ、噴火による埋没から発掘され現在に至るまでの「火山災害以降のポンペイ」の雰囲気が感じ取られます。
 一方で『ポンペイ展』では物品だけが現地から切り離され展示されていました。そのため、それらの物品が用いられていた当時の生活、即ち「火山災害以前のポンペイ」を想像しやすい環境が作られていたからこそ、あまり火山災害のことを感じなかったのだと考えました。思えば、ポンペイは噴火の時だけ存在していたわけではなく、それ以前から人々の営みがあるのは当たり前な話なのですが、「ポンペイといえば火山災害」という先入観が認識を歪めていたようです。


もう一つの認識のズレ

 こうして『ポンペイ展』を通じて、ポンペイについての知見だけでなく、自分の認識のズレを確認することができたのですが、さらに後日、もう一つ大きな認識のズレがあったことに気がつきました。

 それは、『ポンペイ展』に行ってきたという話を知人に話したときのこと。こんなやりとりがありました。

自分「この間、京都の博物館でやっていた『ポンペイ展』を見てきたんですよ」
知人「ああ、京セラ美術館でやってたものですね」

 この時、自分が『ポンペイ展』を博物館の展示のつもりで観にいっていたことに初めて気が付きました。

 美術館と博物館の違いというと、どちらでも収蔵されているコレクションの方向性など個別に様々違いがありますし、『ポンペイ展』自体美術館でも博物館でも開催されていますので、一概に大きく分けることは難しいのですが、それらを見にいく心持ちは自分の中ではまあまあ違ってます。美術館であれば、作品から受ける印象や作品の表すストーリーを中心に眺める傾向にあり、博物館であれば、物品の当時の様子やそれらが作られた文化背景を中心に見る傾向に自分はあります。
 今回の『ポンペイ展』では、会場が美術館か博物館かを意識することなく見にいっていたので、無意識のうちに博物館の展示を見る目線で、当時の生活や文化というものを考えるのを中心に観覧していたようです。そしてその無意識の目線の影響で、当時の生活や文化に関する不思議が湧き上がってきたのかもしれません。


おわりに

 友人に誘われて見に行った『ポンペイ展』。貴重な展示を目の前で見るだけでなく、その後の体験にも繋がって自分の認識のズレを確認できたとても良い機会でした。もし今後機会があるならば、自分の先入観を改めて確認するためにも、ポンペイ現地に行ってみたくなりました。そこで今度は一体何を感じるのでしょうか。

 ちなみに『ポンペイ展』は現在日本を巡回しており、10月からは福岡での開催となります。


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