パリ、うたかたの日々
私が10年夢に見続けていたフランスでの生活に終止符を打ち、新しい旅の始まりへスタートを切る日のことは、今も思い出して胸がきゅっとなる。
一年半の海外生活を終え、パリから地元・東京に戻ってきたのが一年前。最後の日の、坂の上から遠くに見えるエッフェル塔と、その鋼までも溶かしてしまいそうな熱そうな夕焼け空を思い出す。
その景色を見つめながら、この一年半の間私はよくがんばったよと、心のなかでつぶやいた。
翌日、CDG空港から飛行機に乗って羽田に着き、あいにく、ワクチン接種者の隔離が解除される前日の到着であったので更に翌日は忌憚なく隔離生活に入った。
その間ずっと、わたしはコンテナを積んだ船が東京湾を行き交うのを見ていた。人と話すことはもちろんなくて、船と海だけをひたすら見ていた。
ほとんどの荷物はまだパリからの発送待ちだし、必需品だけ詰め込んだスーツケースを開く物理的スペースも気力もなくて、感慨に浸ることもできずに、ただただぼうっとしていた。
そのまま、昨日までのフランスの日々が泡となって東京湾に浮かんでいってしまったような気がした。
隔離という、生活と生活の狭間の空白期間ができたせいで、じめじめした感情もなく、良くも悪くもスムーズな社会復帰ができたように思う。
あれから一年。心にそっとしまっていた美しい思い出を、少しずつ言葉にして愛おしんでみようと思う。
泡となって浮かんだ感情や記憶を掬って、そっと口づけするみたいに。