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オードリー若林さんの思考のシャワーを浴びて。
今週も1週間が終わった。
いつも以上に長く感じる1週間だった。
珍しく仕事終わりに真っ直ぐ家に帰ることができず、マクドナルドに寄ってみた。
現在22時過ぎ。店内は私の予想以上に人がいる。客層は若い女性から随分歳を召されたおじさんに、外国の方まで'国内外老若男女'である。
オードリーの若林さんが"HPを削られる仕事"なんて表現するけど、私にとって今週はだいぶHP削られた。
そんな中でも最近は本当に若林さんのnoteの記事が唯一の息抜き、心の栄養になっていた。
このnoteを始めたきっかけも若林さんの影響は大いにある。それに関してはこちらで。
その中で、若林さんのエッセイやnoteを読んでいると"言葉"や"思考"に対しての興味がものすごく湧いてくる。
今までそこまで言葉を大切にしてこなかったんじゃないかと自省するほどに若林さんが紡ぐ言葉、文章に胸打たれ、思考に感銘を受けている。この言葉はどういう意味なんだろうとネットで調べながら、読むため時間はかかるのだが、そんな時間も有意義に思う。ここで列挙してみる。
ルサンチマン、結界、帷、無価値化・無意味化・虚無化、価値下げ、ニヒリズム、変容
記憶の総量、可処分時間、優雅で甘美、一考の余地あり、敬服、世界の解釈、到達点、理想自己・現実自己、マイノリティ、マジョリティ
脳の痕跡、サリエンシー、没頭、諦念 など
もっともっと引っかかる言葉、気になるワードは溢れているのだが、キリがない。
若林さんのように自分の経験や体験、考え、気持ちを心情を繊細に言語化できたらどれだけ楽しいんだろうかと夢想してしまう。
小さい頃から本を読むような子ではなかった。
だからだろうか。
一つひとつの事柄、出来事に向き合って考える人ではなかった。
だからだろうか。
自分の想いをうまく文章にできない歯痒さ、苛立ちがある。ほぼ毎日更新しているが、これは供給過多のようになってはいないだろうか。本当に伝えたいことを精査出来ているのだろうかと疑問が残る。
ただ、私にとって誰かにというわけではなく、noteで文章にすることは頭の整理、心の安らぎに繋がっている。それが誰かに引っ掛かかって何かの気づきなどに繋がれば、これ幸いである。
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今日仕事の合間に本屋に寄ったら見つけて、購入した。
コアな若林ファンの方が見たら、怒られるかもしれないが…まだ読んだことがなかった。(他2冊は読んでますので、ご容赦いただきたい)
まだまだ若林さんの思考のシャワーを浴びまくって、びしょ濡れになれる楽しみ、余白があることが嬉しくてたまらない。