ロングコートに恋してる。
ぼくはたぶん、ロングコートに恋をしている。
駅のホームで電車を待っているときなんか、無意識に周りを見渡してロングコートをチェックしてしまう。今は2月で、コートを着ている人は多い。スーツの上に黒のコートを着たビジネスマン。スラックスとスニーカーにベージュのコートを着た大学生。でもみんな、裾丈が短い。膝上か、良くても膝が隠れるか隠れないかの長さのコートばかり。
ぼくはもう少し長い方がタイプ。
脛のあたりまで裾があって、ほどよく重そうで、横から見たときに背中からストンとまっすぐ落ちる、美しいシルエットのロングコート。オーバーサイズで、コーディネートの主役になっているロングコート。雨の日は着用を憚るようなロングコート。家に帰ると丁寧にブラシをかけて、分厚いハンガーにかけて裾が折れてしまわないようにして、大切にクローゼットにしまうロングコート。
素材はできれば、ウールがいい。キルティング生地もかわいいし、ポリエステルやナイロンも着心地は良いんだけど、ほどよくかたくて、ほどよくやわらかい、少し触れてみたくなるような、あたたかみのある素材が好み。
ロングコートを着ている女性は、ぼくの目にはとても艶っぽく映る。シルエットが、豪邸に住むお姉さんがお風呂上がりにガウンを着るところを連想させるからだろうか。これは単純にアマプラの見過ぎかもしれない。
そういえば、一度もしゃべったことがないのに、なぜだか忘れられない人がいる。就職活動をしていた大学3回生のとき、参加した合同説明会で会ったお姉さん。
場所は海の近くの展示場だった。天井の高さが体育館の3倍はあって、鉄骨がむき出しの無機質な会場に、数百社の企業がブースを構えていた。その中の一社、ある百貨店の企業のブースで、先輩社員として話をしていたお姉さん。
お姉さんはロングコートを着ていた。光沢のない、黄色のチェスターコート。とても鮮やかだけど、悪目立ちしない色味。その頃のぼくは服の素材なんてまったく気にしたことがなかったから、お姉さんのコートの素材がなんだったのかはわからない。
美しい化石のような、何かが混ざりあった琥珀色のボタンがついていた。とても品のある雰囲気。コートに目がいく、というよりは、コートを着ているお姉さんの存在が強調されている印象を受けた。とても体に馴染んでいて、ショーケースで飾られている服のように整っているのに、長年愛用している一着のように馴染んでいた。
似合うってこういうことなんだなと、はじめてオシャレの本質に触れた気がした。
そのコートを選んだセンスに、百貨店で働く人のプロフェッショナル感というか、目利きの良さを感じたことをよく覚えている。たいへん申し訳ないけど、お姉さんに見惚れてしまって、企業の話はひとつも覚えていない。
思えばこの時から、ぼくはロングコートに恋をしているんだろう。
あたたかい風が心地良い春も待ち遠しい。でももう少し、大好きなロングコートを着て、街に繰り出す日々が続いてほしいなと思う。