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【三国志】俺たちの生存戦略 「龐徳」

西暦二一九年、関羽がついに襄陽・樊城に進攻します。
この時、曹操が援軍に差し向けたのが于禁です。
が、漢水の氾濫に遭って于禁の軍勢は水没。
戦いは関羽の大勝に終わります。
関羽は北伐を目指していたとも言われ、曹操は関羽の進攻に備えて遷都を考えるほどでした。
皮肉なことに、この作戦が発端となって翌年の呂蒙の襲撃、関羽の敗死とつながっていきます。

(一)樊城の戦い

ある晩のこと。
龐徳と于禁、それに何人かの魏の将校は、関羽勢の捕虜収容所に閉じ込められていた。
明日の朝には関羽が来て降伏を促す。
降伏するか、しないか。
一晩考える時間がある。

皆が自分の妻や子供のことを考えている。
当時の慣習に従い、戦に出る時には妻や子供を後方に人質として残していた。
もし関羽に降伏したら妻と子、そして一族の命を危険に晒すことになる。

于禁が言った。
「私から皆に提案だ。
主公に二十年以上仕えてきた者は、明日私と一緒に降伏しよう。
主公が私たちの家族を殺すことはない」

于禁は続けた。
「まず、今回の敗戦はわれわれの過失はなかった。
漢水が十数メートルも増水するなか、わが軍は軍船を持たなかった。
誰がやっても負けただろう。
だから、私たちに罪は無い。
主公に二十年にわたって仕えた者が、やむを得ず降伏したとして、もし主公がその一族を殺すようなことがあれば、他の古参の臣下たちも不信に陥るだろう。
それでは立ち行かなくなる。
私の見るところ、主公は私たちの家族を生かすどころか、むしろ労うに違いない」

(二)龐徳の運命

于禁は言った。
「ところが龐将軍、君は私たちとは違う。
君は主公に仕えてまだ四年だし、そもそも馬超から降ってきた外様だ。
我々はみな元老クラスだから、我々が降伏しても妻子は無事だ。
だが君は違う。
君が息子さんの龐会を生かしたいなら、絶対に降伏してはならない。
君と、息子さんの命は二つに一つなんだ」

龐徳は于禁に問いかける。
「教えてくれ。もし降伏を拒んだら、関羽は私を斬るだろうか?
捕虜のまま成都に送るとか、旧主の馬超に預けるとか、違う結末はありえないのか?」

于禁は笑って言った。
「龐将軍、考えてみたまえ。
関羽が君を斬らなかったとする。
すると、君をどうするだろう?
解放してくれるのか?それとも蜀軍に入れてくれるのか?
監禁するに決まっているじゃないか。
それなら斬られるのと結局は同じじゃないか?」

于禁は続けた。
「龐将軍、関羽は今、樊城と襄陽の攻略のことで頭がいっぱいだ。
だから捕虜の処置などは後回しだ。
樊城と襄陽の防衛軍は苦戦していて、いつ降伏してもおかしくない。
襄陽太守の呂常もそう持ちこたえられないだろう。
これが今の状況だ。
そんな時に、降伏せずに捕らえられても生かされると噂が広まったら、樊城や襄陽は降伏するだろうか?
関羽のとる態度はただ一つ、降伏か死かだ。
樊城や襄陽の連中に、降伏しかないと思わせるんだ」

龐徳は自らおかれている状況を悟った。
「息子の命を守るためには降伏を拒むしかない。
そうすれば関羽に斬られることになる。
生き残るのは、息子か俺か、一人だけだな」

(三)究極の選択

しかし、一つの疑問が残った。
「わが軍の七つの部隊、三万五千の軍勢はどうなるんだ。
関羽は三万五千人の捕虜をかかえて、養っていくというのか?」

于禁は答えた。
「同じことだ。
君が襄陽や樊城の防衛軍だったとしよう。
城はもう支えきれず、いよいよ降伏間近だ。
その時、降伏した七軍の将兵が斬られたと伝え聞いたら、君は降伏するか?
関羽も馬鹿じゃない。
食糧が足りなくても、捕虜のわれわれには手出しはできない。
もし私が七軍を率いて最後まで戦った場合、関羽は全員斬る。
そうしたら襄陽や樊城の連中は震え上がって降伏するだろう。
襄陽太守の呂常も降伏する。
ところが、私が降伏を申し入れたら、関羽はわれわれを簡単には殺せない。
もし殺したら、呂常が降伏をあきらめるからだ。
だから、関羽はわれわれを生かすに違いないのさ」

龐徳が聞く。
「ならば、襄陽や樊城が降伏したあとはどうなる?
捕虜には価値がなくなるから、関羽に斬られるのではないか?」

于禁が答える。
「関羽が襄陽を落としたら、その次は許昌が危なくなる。
主公が襄陽をやすやすと取らせるはずがない。
現に、徐晃と張遼、それに夏侯惇がいま援軍に向かっている。
だから一度は関羽に降伏したとしても、援軍が関羽を追い払う。
そうしてわれわれは元に戻れるんだ。
しかし、龐将軍、残念ながら君はその日を見ることはないだろう」

龐徳は言う。
「言うまでもない。私が息子を見捨てるはずがない。
龐会はまだ五歳だし、妻も一族の命もある。
どうして私一人の命のために、家族を見捨てることができようか。」

(四)それぞれの晩節

于禁が言った。
「君の旧主の馬超の例もあるからな。
奴は自分の命を守るために、妻や子供の命を見捨てた。
その結果、息子を張魯に斬られた。
君は彼の元部下だから、同じ道を選ぶと思われてもおかしくない」

龐徳は于禁の皮肉を感じとり、腹を立てた。
「于将軍、あなたは魏王に三十年も仕えてきた。
それなのに、あなたの話は利害打算ばかりだ。
ご自分の見立てを自慢げに話しているが、あなたには忠誠心というものはないのか?」

于禁は答えた。
「そうさ、私は忠臣じゃない。頭の中は利害だけさ。
明日、関羽に殺され、息子さんの命は守られる。
そうして君は魏の忠臣として褒め称えられ、後世に名を残すだろう。
おめでとう」

そして于禁は続けた。
「でも、ちょっと聞いていいか。
君も馬騰に二十年、仕えてきた。
馬騰がいなかったら、君はただの西涼の小役人にすぎなかった。
将軍にまでなれたのは馬騰のおかげだったはずだ。
君だって馬騰に忠義を尽くすべきだったんじゃないのか?
しかも、馬騰を殺したのは主公だ。
君が降伏した時、われわれは君が腹の底では復讐を考えていると思っていた。
しかし、君の降伏は本当だった。
そして明日、君は主公に忠義を尽くして死ぬ。
皮肉なことだと思わないか?
もし君があの世で馬騰に会ったら、馬騰にどうやって申し開きをするつもりなんだ?」
龐徳は返す言葉がなかった。

龐会という名の武将が、軍を率いて成都の城内に入ったのは、その四十五年後のことだった。
龐会は心の中で叫んだ。
「父上、ついにご無念を晴らしました」

出典:抖音「星彩她爹讲三国」"士族生存法則"(作者:張叡氏)

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