Story #2 / Perfume house founded in 1828
2013.12.7
「香りの王室」
肌寒い日が続いた雨上りの夕暮れ、同僚を誘って東京駅の老舗百貨店へ香水を買いに行きました。「香りの王室」と賞讃されるそのブランドは、作品の個性が強く、つける人を選ぶ作品もある一方で熱心なファンも世界中に多くいます。
私のお目当ての香りは、100年以上も前から生産されていて、日本ではごく数件の旗艦店でしか取扱いがないものでした。滅多に無い買い物にちょっとした高揚感を抱き、限定品や数々の名香を前に、旗艦店でしか出来ない突っ込んだ会話を美容部員(BA)さんと楽しんだ後、会計の為中に通された時、視界にチーフ風の方と会話が弾んでいる男性客が目に飛び込んできました。カウンターには超高級限定品が所狭しと並んでいます。みな女性用の香りで、話には聞いたことのある垂涎の作品ばかりです。
30代半ばと思しき会社員風の彼は、彼女か誰かにプレゼントするのか、なすがまま限定品を売込まれているのかと思いきや、どうも様子が違います。「この限定品は、本当によく○○を復刻できている」「これは○○年のバカラボトルで…」よく見ると、話を聞いているのはBAさんのほうで、紙を出してスペルアウトまでしています。熱っぽく香りを賞讃する彼は、このブランドのコレクターで、並べているのは全て彼が持ち込んだ物だと分るまで、そう時間はかかりませんでした。
あまりに話が面白いので、私はついその男性客に声をかけてしまいました。彼は、今月発売された限定品を買いに来ていたそうで、全く困惑する様子もなくコレクションを説明してくれて「これのシリーズ、僕全部持ってますよ」「今日は廃番になった○○をつけてます」と、丁寧にたたまれ、たっぷり香りを含ませた麻のハンカチを私に差し出しました。正直廃番になるのが分る様な、凄い香りでした。めくるめく会話の間、放置された同僚は、他のBAさんにフルメイクしてもらい、すっかり綺麗になっていました。
女性用香水コレクションを、それを売っている人にこれでもかと自慢する男性客。しかもかばん一杯持込みで。「ここの香りはね、天然香料だからつける人全て違う香りになるんですよ!」BAさんは無言で微笑んでいます。最強のセールストークを受けた私は、彼と名刺まで交換しました。香水を買いに行って、こんなに楽しい思いをしたのは初めてでした。一歩間違うとかなり迷惑な珍客ですが、こういう人を表立って受け容れている所に、王室たる所以を感じた濃厚かつ馥郁(ふくいく)たるひと時でした。
注)この常連さん、大変有名な方で、かつ多い時で週に1回はいらっしゃるそうなので、ここでデパート名及びブランド・香水名を明らかにしてしまうと色々問題があると思い、あえて奥歯に物の挟まった表記にしました。どこのデパートのどのカウンターか、是非探し当てて彼に会いに行って下さい!!香水好きはこうでなくっちゃ。時を忘れる楽しさです(笑)
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追記 2025.1.27
上記の話は、私が勤務先の広報が配信しているメルマガのコラムへ17年位前に寄稿したもので、このブランドの上級ブティックも、話中のBAさんも今は会えないのが残念です。「血沸き肉躍る場面に、それも偶然遭遇する」という体験が、生きていると1度や2度はあると思いますが、これは冥途の土産級に面白い体験でした。あのマニアの人は、今でもコレクションを持ち込んでBAさんに自慢しているのか、バカみたいに新作を出し、価格が大卒新入社員の年収を越えるようになった国内販売の限定品を、今でも確実に手中に収めているのか、現在の「1828年に創業した香りの王室」をどう思うか、直接聞いてみたいです。