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Cabaret LPT vol.17 : Chapter 2|Post War / Estee Lauder Empire 3
9 Private Collection(1973)アメリカンシャマード 個人蔵の美術品(美術展などに匿名で貸し出した所蔵者)
年齢的に、1980年代より前のローダー香水はリアルタイムではないので、店頭で見た事がないですが、今まで試したローダー作品の中では、現在もプライベートコレクションは別格の作品だと思います。昔の香水本を見ると、必ず「ローダー夫人の最高傑作」「ローダー夫人が愛用していた秘蔵の香り」と書かれていますが、実際はプライベートコレクションを手掛けたIFFの調香師、ヴィンセント・マルチェッロ、この人キャロンのヤタガンを作った人ですけど、自分の奥さんのためにサクっと3時間で作ったプロトタイプをすごく気に入って、ローダー夫人と嫁のイヴリン・ローダーが何週間か自分たちでつけたり、友達にサンプルをあげたら、何それ凄くいい、と評判になって、そのうち先走った友達が売っているものだと勘違いして何人もサックスフィフスアベニューに買いに行って、サックスの支配人が製品化を促して発売した、というのが実際のところで、特に個人使用のために自分で作って愛用していたわけではないそうです。物凄い事前マーケティングを身体を張って行ったのが、のちに伝説となったわけです。ただ、実際に製品化するとなってからが大変で、スポーツフレグランスの後は世界で最もリッチな香水を出す、持続も拡散も強化して、調香師がトラウマになる程のやり直しを行い、既に当時では考えられない賦香率が30%を超えても、まだ入れろ、もうちょっとだけいい物を入れろ、とローダー夫人が言い続けて、処方が崩壊するからといっても入れろ入れろと大変だったそうです。ローダー夫人はディレクターであって、調香師ではないから、調香技術がわかっているわけではないので、あくまでいい物を作りたい一心で調香師を極限まで追いつめて、結果完成したんですが、素人の破壊力は恐ろしいですね。
香りとしては、60年代後半のアズレーやアリアージの系譜を踏んで、そこからさらに美しくなった彫りの深いグリーンフローラルアンバーに昇華して、何故か不思議とゲランのシャマードや、もっとさかのぼると夜間飛行の面影すらあるんですよね。香りはシャマードの花粉を含んだ凝縮した花束爆弾の押しと、夜間飛行の深淵な引きを重ね持ったような陰影と、その二つにはない、物凄く知的で気品に溢れた姿かたちは、普段着につけたらプライベートコレクションに申し訳ないと思うほどです。1970年代のアメリカでは、グリーン要素のガルバナムはどこにでもある香料でしたが、抽出方法の異なるふたつのガルバナムに、キャロンのニュイドノエルで有名になった古典的なモッシーベース、ムスドサクスでグリーンに重みを持たせ、引きの美学を強調しました。
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こちらも数は少ないですが、並行輸入品が国内で流通しています
エスティローダーの香水を一言で言うと「いやらしくない」これに尽きると思います。特に、1970年(28歳)から85年(43歳)までミューズを務めたモデルのカレン・グレアム(バナー写真)のイメージが、エスティローダーの香りにぴったりで、特にプライベートコレクションはこの写真そのものです。歴代のミューズも、基本的に隙のない「キツい美人」系ですが、そこがアメリカンプライドです。
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ムエットはオードパルファムですが、10年くらい前まではパルファムもあって、これがもう本当に出会ってよかったと思う位、完璧という言葉を送りたい出来で、まだかろうじてeBayなどでデッドストックを見かけるので、未使用品があったら、販売当時の定価の倍以上にはなっていますけど、それでもその辺のへたなニッチより全然安いので、是非手に入れてください。もしエスティローダーが香水を全部やめる、という事になったら、プライベートコレクションだけは残して欲しいです。
次は、アメリカ香水の実力を世界に認めさせた作品と、絶滅してしまったいい女の香りをご紹介します。