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AIで加速する創薬・臨床における病理画像解析

こんにちは、LPIXELの研究開発本部 サイエンスグループ アルゴリズム開発エンジニアの本室です。

主に製薬企業との提携における画像AIの開発を担当しています。LPIXELで扱う医療・ライフサイエンス領域の画像は多岐に渡りますが、本記事では病理画像を対象とした取り組みについてご紹介します。


病理画像の特徴と課題

病理画像は薬効薬理試験や臨床での診断などの場面で使用されます。生体内の組織構造を観察することができるのが特徴で、採取された臓器に処理を施して薄くスライスすることによって標本を作成します。標本は専用のスキャナを用いて複数の解像度でタイル状に撮影することでPC上での観察および解析が可能になり、このようにデジタル化した病理画像のことをWSI(Whole Slide Imaging)画像と呼びます。

複数解像度で取得されるWSI画像の階層構造[1]

WSI画像を扱うにあたって重要なのがその膨大な情報量です。
WSI画像はデータのサイズが非常に大きく、マクロ的に臓器の構造を観察するだけではなく、ミクロな細胞構造を観察することで様々な病変を見落とさないように注意する必要があります。診断時に注意すべき病変は分かりやすいものばかりではありません。軽微な病変を見逃さない必要がある上、臓器によって病変の種類が様々あるために正しい診断をするためには高度な専門知識が必要です。

さらに、病理画像の見た目に影響を与えるのは臓器の違いや病変による変化だけではなく、標本作成の過程で発生する手技による標本差があることに注意しなければいけません[2]。病理画像は標本を染色して観察することが多いですが、同じ色素を使って染色しても施設毎の実験プロトコルの違いやロット間の差によって色味や標本の収縮具合などが変わってきます。また、染色を含む標本作成の過程で標本が劣化し、折れなどのアーティファクト(本来は存在せず、手技によって生じてしまったノイズや細胞・組織構造の崩れ)が生じることもあります。

病理画像にはさまざまな情報が詰まっており、適切に利用することで多くのことを知ることができる一方、人による解析には多くの専門知識と時間を要します。以降では、LPIXELにおける病理画像診断の効率化および付加的解析を目的としたAIの開発事例を一部ご紹介します。

病理画像において見た目に変化を及ぼす要因[2]

LPIXELにおける病理画像の取り組み

異常検知による病変箇所の特定

以前の記事でも紹介した通り、特に医薬品の安全性試験の場面では膨大な正常検体の中から異常のある箇所を見落とさないことが求められます。また医薬品の候補となる薬剤を投与した場合、結果として観察される病変は未知の形態変化を示すことも考えられます。

通常病変の有無を判断するAIを構築するためには正常画像と異常(病変)画像を大量に集め、専門家によって正常/異常のラベルをつけたものを学習に使用する必要があります。このデータを使ってAIに正常箇所と異常箇所の特徴を学習させることで病変部位を推論するのですが、このAIに学習データにない病変を入力した際は異常と推論できない場合もあります。

そこでLPIXELでは異常検知によって病変箇所を特定する技術を開発しています。異常検知では正常画像のみを使って学習を実施し、そこからの逸脱の程度を定量することで異常度を推定します。異常検知では学習に正常画像しか使わないこと、正常画像と大きく見た目が異なる未知の病変を異常と判定できることが利点としてあげられます。

異常ラベルなしで病変の特徴を学習しなければいけないため分類などの手法に比べて難易度が高い手法ではありますが、LPIXELでは異常検知による病変の検出アルゴリズムの実用化に向けて開発を進めています。

異常検知と分類の解析方法のイメージ図

異常検知では正常画像のみを使って「正常らしさ」を学習し、正常画像からの逸脱の程度を異常度として、病変のある箇所を特定するため、正常画像から見た目が異なる未知の画像も異常と判定できることが期待される。 分類では正常および異常画像を使ってその違いを分離する特徴を学習するため、学習データに含まれない未知画像に対する挙動を保証できない。

細胞検出による定量解析

薬効薬理試験や病理診断においては特定の細胞数を定量化する場合もあります。前述の通りWSI画像はデータサイズが非常に大きいため切片を隅々まで見て数を数えるのは時間がかかります。

LPIXELではこのような定量解析ができるAIの開発を実施しています。AIによって細胞を検出し、細胞種や病変の種類を分類をすることで手間を抑えた上で精度の高い解析が可能になります。これまで数を数えることができずに見過ごされてきた病変をAIによってチェックすることでより詳細な診断が期待されます。

AIによる定量解析のイメージ図

生成AIによるバーチャル染色

前述の通り病理画像では染めムラやアーティファクトなどの標本差が診断に影響することがあります。
こういった標本差をなくすためのアプローチとして弊社で検討しているのがAIによるバーチャル染色技術です。バーチャル染色とはWSI の未染色画像から染色画像をAIによって生成する手法です。

バーチャル染色技術は染色ムラの低減だけでなく、染色作業による標本の劣化防止も期待できます。バーチャル染色は標本を染色することなく非侵襲的に染色画像を入手することができるため、劣化していない標本をRNA/DNAの抽出など他の侵襲的な解析に使用することで同一視野で更に詳細な解析が可能になります。

同一切片に対して異なる染色方法を実施した結果を比較するなどの活用例も考えられます。一度染色した標本は脱色・再染色しなければ別の染色方法を実施した結果を確認することができないので、同一の臓器から取得したz方向に隣接する切片を使用して染色し比較するということが実施されますが、当然細胞の位置などの構造が異なるため異なる染色方法間での比較が難しくなります。未染色画像ではなくHE染色画像から特定のマーカーを染色した特殊染色画像を生成することができれば、既存のHE画像から追加の病態解析を行える可能性もあります。

このようにバーチャル染色による利点は多く考えられますが、生成した画像の信頼性には注意を払う必要があります。生成された染色画像の使用用途に合わせて適切な評価を実施し、その正確性や活用可能性を精査しています。

AIによるバーチャル染色のイメージ図

非侵襲的に均質な染色画像が得られる他、未染色画像を他の解析に使えるため解析の幅が広がる

病理画像のAI解析の今後

LPIXELで取り組んでいる病理画像を対象としたAIについて紹介させていただきました。
薬効薬理試験や病理診断の効率化および精密化のために、AIを利用できる場面は紹介した事例以外にもまだまだあると考えています。AIを導入することでこれまで診断できていなかったところを診断したり、観察できなかった部分を画像を生成によって補うなど新たな価値の創出にも貢献したいと思っています。

今回紹介した事例はパートナーの方々と開発を実施した事例を含んでおり、今後も病理分野での様々なパートナーと共に研究開発を進めて行きたいと思っています。ご紹介した事例以外に、各課題に合った手法を考案していくことももちろん可能ですので、病理画像を使って実現したい解析がありましたら是非私たちと議論する機会を設けていただければと思います。
お気軽にお問合せください。

文:本室 美貴子

参考文献

[1] Wang, Yinhai & Williamson, Kathleen & Kelly, Paul & James, Jacqueline & Hamilton, Peter. (2012). SurfaceSlide: A Multitouch Digital Pathology Platform. PloS one. 7. e30783. 10.1371/journal.pone.0030783.
[2] Escobar Díaz Guerrero, Rodrigo & Carvalho, Lina & Bocklitz, Thomas & Popp, Juergen & Oliveira, José. (2022). Software tools and platforms in Digital Pathology: a review for clinicians and computer scientists. Journal of Pathology Informatics. 13. 100103. 10.1016/j.jpi.2022.100103.

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