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創薬における画像解析AIの活用潜在的なDXニーズを掘り起こす 第一三共 × エルピクセル包括提携 ー後編(事例編)ー

みなさん、こんにちは。エルピクセルにて広報を担当している大瀧です。

本記事では、エルピクセルが2022年7月より包括提携契約を締結している第一三共株式会社との取り組みについて前編・後編に分けてご紹介します。

2024年6月、第一三共株式会社の研究所を訪問し、包括提携の取り組みとその成果についてインタビューを行い、前編では第一三共株式会社 DX企画部 朝生さんとエルピクセル サイエンスビジネス本部の濵地に包括提携に至った経緯や第一三共社内における取り組みについてご紹介しました。

後編では、第一三共株式会社 プロセス技術研究所 道田さんとエルピクセル株式会社 研究開発本部 AI開発エンジニアの中澤へのインタビューを通じて、包括提携から生まれた成果の一つである自動中量合成実験装置開発の取り組みについてご紹介します。

※ 記事中は敬称を省略させていただきます。


はじめに

「潜在的なDXニーズの顕在化」を目標として掲げた包括提携では、前編でご紹介した第一三共社内における「画像AIなんでも相談窓口」の設置や講演会によって周知し、画像解析AIを活用するテーマを募りました。

現在(2024年7月)までに、予備検討、PoCを経て、学会発表を行った事例も生まれ、これ以外にも複数のテーマに取り組んでいます。

学会等で公表済みの包括提携における取り組み成果一覧

 今回取り上げるテーマは、2023年7月に行われた「日本プロセス化学会 サマーシンポジウム」で報告を行った「ラボオートメーションを志向した自動中量合成実験装置の開発研究」です。

取り組みの経緯、そして具体的なプロセスについて話を伺いました。

写真左:第一三共株式会社 プロセス技術研究所 研究第三グループ 主任研究員 道田 誠 様
写真右:エルピクセル株式会社 研究開発本部 AI開発エンジニア 中澤 慎二

画像解析技術の自動中量合成実験装置への応用

自動中量合成実験装置とは

道田:我々プロセス技術研究所は、医薬品の候補化合物の商用生産に向けて工業化製法を開発する研究所です。簡単にいえば、ターゲットとなる有機化合物を高品質、かつ効率的に大量合成するための研究を行っています。

そのためには、小さな試験管スケールからより大きめの中量リアクターを用いて、スケールアップに必要なデータを取る必要があります。このような中量スケールの実験は予め操作手順を決めた上で行います。

また、製造現場で大規模に製造する際には、一つ一つの作業に時間がかかりますので、作業時間を考慮した実験操作を行う必要があります。

従って、中量スケールの実験を自動化することは、研究生産性の観点からメリットがあるのではないかと考え、開発したのがこちらの装置です。

液体添加 → サンプリング・分析 → 液量測定 → 分液操作→減圧濃縮などを自動で実行
画像解析AIによって液量測定と分液操作時の界面検知を行う 

画像AI技術を活用するまで

道田:3年前から中量合成実験の自動化に向けた研究を行っていました。その中で界面検知や液量を測定する方法は各種センサーなどいくつか選択肢があります。当初はカメラで画像処理を行い、液面を検知する方法を取っていました。

しかし、開発を進めていく上で技術的に問題が出てきました。

例えば、液面の高さを測る際、リアクターの内壁に液滴や固体が少しでも付着していると、すぐに誤検知をしてしまいます。実際の実験では、様々な条件下でも対応出来る装置でないと適用範囲が狭くなり、ユーザービリティが上がりません。

ですので、何とかして多様な状況に対応できる液面、界面検知技術を開発する必要がありました。

また、私は展示会に行くのが好きで、その中で画像AIのブースをよく見ていたので、「人の目で確認出来ることは画像AIでも出来る」ということは分かっていました。

前述の問題の解決法を考えている中で「壁に何かが付着してようが、液面は人間の目でみたら簡単にわかる。これは、画像AIだったらうまくいくのではないか?」というのは、解決のアイデアとして頭の片隅にありました。

左図:従来の画像処理システムによる液面測定での誤検知
右図:従来の画像処理システムによる分液界面検知の限界 

道田:そういった時にちょうど、社内の通知でエルピクセルとの包括提携の枠組みの中で画像AIの技術相談を受けられることを知りました。

頭の中にあった「画像AI」というワードで引っかかったのですが、もしも包括提携の枠組みがない中で画像AIの技術を検討しようとしたとしたら、とても大変です。

まず、依頼する業者を調査し、コンタクトを取って、見積りを取って、秘密保持契約を結ばないといけない。さらに、PoCを行うためには予算確保も必要になります。

そうすると、手続きが煩雑なうえに「もうちょっといい方法ないかな」となってしまうのですよね。

ところが今回は、予算も確保できており、もう用意した車に乗るだけですよ、という状況でした。予算や稟議などは全て解決していてお膳立てしていただいたのは有り難かったです。

ですので、すぐにコンタクトして相談しました。

スムーズに進んだ予備検討

道田:そこから「予備検討は動画を送ってもらうだけでできそうです」と有難いコメントを頂いたので、中澤さんにスマートフォンで撮った動画を送りました。
1週間もしないうちに「これはできそうです」と連絡を頂きました。

中澤:そうですね。最初はスマートフォンからの動画でした。

まず状況が知りたかったので見せていただくと、確かに人が見て判断出来るのでAIでも出来ると考えました。
既存のシステムでは人が見ているのとは少し違う条件の画像で判断しているというのが気になりました。

このミスマッチも解消したいと予備検討を行った結果、なんとか出来る見通しがたちました。

道田:スムーズに進行した背景として、もう一つ、早く実装しなければいけない理由がありました。

当時、この装置のユーザーインターフェイスを並行して開発していたので、これが出来上がるタイミングに間に合うようにAIも開発して組み込んでしまいたい。
それが一番効率的ですし、会社の利益に直結するような成果になるかもしれない、という思いがありました。

予備検討がとても早く進んだことで、これはものになりそうだと確信しました。

画像解析AIの開発

画像解析AIに必要なデータの取得

中澤:スマートフォンで撮った動画で見通しが立ったので、次にシステムに組み込むカメラについて検討しました。
最終的に必要な精度や速度などの仕様を満たせるカメラを選定し、そのカメラを用いてデータを撮っていただきました。

今回は人が見た目でわかるような画像をとってAIで処理する、ということで進めていたので、(液面がわかりやすいように)背景を入れた方がいいのではないかという話がありました。
結局、背景がなくてもうまく解析が出来たのですが、AIが判断しやすく、かつハードウェアにとって負担にならないもので、黒や白など何パターンか試してデータを取っていただきました。

また、このリアクターに注入される液体の種類は何パターンもあるということでしたので、(AIの解析にとって)難しいと思われるもの、簡単だと思われるもの、複数のパターンをお願いして撮っていただきました。

このように、実際に使う際の「ばらつき」に対応出来るよう、いろいろな状況を想定してデータを取っていただきました。

分液操作で下層を排出する流路を左手前のカメラで撮影し、画像解析AIが分液界面を検知する

開発における工夫

中澤:AIの開発自体は誰でも取り組みやすくなっていますが、実際に使うものを作るとなるとデータの収集が肝になると思います。

そこは経験がものを言うというか、ノウハウ的なところがあると思っています。そういった意味で、適切なバラつきのあるデータを適量取得する、というところは意識して工夫した点かと思います。

道田:そうですね。その時の(試液の)反応次第というところがありますので、どんなデータも数多く出せるわけではありません。

中澤さんとしては、こういうものも欲しい、というのがあったかもしれませんが、色々と調整していただいたのだと思います。

DXでかなえる「創薬の効率化」

自動中量合成実験装置への期待

道田:この装置に触れた人たちが、これがあるとやっぱり楽だと、徐々に浸透していくといいですね。

さらに社内だけではなく業界全体に広がっていくことが理想です。他の会社でも同じニーズがあると思いますので、皆でシェア出来るのではないかと思っています。
各社が個別に開発するとコストも高くなりますが、同業他社でまとめて仕様を決めて発注できれば、単価も安くなるじゃないですか。

そのために、学会等で同じニーズを抱えていそうな他社の仲間を見つけて話をし始めているところです。

中澤:他社とは競合ではないのですか。

道田:競合とは「化合物」であって「装置」ではありませんよ。

中澤:「化合物」で差別化を図るということですね。

道田:この技術をオープンにして、皆で同じ要求仕様を作って、インテグレーターにお願いするというのが理想でしょうか。

インテグレーター側はクライアントの取りまとめができないですからね。だから、こちら側でまとまって要求仕様を作ってお願いすれば、数も出るし、単価も安くなるのではないかと思っています。

中澤:ソフトウェアエンジニアリング的な発想ですね。AIもオープンソースによって発展するという面がありますよね。

道田:それも参考にしました。だからこそ、学会発表も行っています。

朝生:私たちのパーパスは「世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」であって、我々が一人勝ちするのではなく、いかに産業競争力全体を上げて、良い薬を届けていくのかが重要です。

そういった意味では、リーディングカンパニーの責任として技術を広めていくのは非常に良い流れだと思います。結果的にこれで薬の原価が下がり、世界中の人々により安く届けられるのであれば、産業全体にとってハッピーでパーパスにもかないます。

左から、エルピクセル株式会社 中澤、第一三共株式会社 道田 様、
第一三共株式会社 朝生 様、エルピクセル株式会社 濵地 

ラボオートメーションの取り組み

道田:他にも色々なラボオートメーションの取り組みをしています。例えば、製薬業界では少量の化合物スクリーニング装置についてはオートメーションが進んでいる方だと思います。

中澤:少量とは試験管で出来るレベルですか?

道田:はい、試験管よりもっと小さい1mL以下のバイアルなども多いです。

朝生:全自動で一日何千反応も出来る、というものもあります。でも、それは少量だから出来ている事で技術的なハードルがそこまで高くないのですよね。

今回のようなケースは話のレベルが違っていて、実験スケールが大きくなればなるほど考慮しなければならないことは増え、難易度は上がります。
したがって、このクラスでのオートメーション化は技術的なハードルが非常に高いと思っています。

道田:そうですね。だからこそあまり手を出していないことが多いのではないでしょうか。

自分が行っている面倒くさいことも、慣れてしまったが故に無意識でやっていることも多く、なかなか気づかないのだと思います。でも、実際に自動化を目の前にして体感したら、「やはりあったら楽だな」と誰もが思うだろうと考えています。

今後への期待

道田:これはまだ試作機ですので、よりシンプルに安く作れるような仕組みを考えて行きたいと思います。その過程で、他社も含めてより多くのところで浸透して行けば良いと思っています。

中澤:今回のケースは液面を検知するという、人がやると単純だけれども既存の技術では意外と出来ていない取り組みとして、興味深く関わらせていただきました。

AIによって出来るようになるはずだけれど、まだ手がつけられてないものが他にもあるのではないかと思っています。

本件の開発中にも、かき混ぜている時にリアルタイムに液量が予測・測定できたら、という話がありましたね。自動化の後にさらに効率化するような開発もありそうで、まだまだ課題を見つけられそうですね。

道田:そうですね、それもやればできそうな感覚はありますよね。

おわりに

後編では、包括提携から生まれた成果の一つとして「自動中量合成実験装置」の事例をご紹介しました。

この事例は「人の目で確認出来ることは画像AIでも出来る」ということを確かに示してくれました。

また、道田さんの言葉にあった「自分が行っている面倒くさいことも、慣れてしまったが故に無意識でやっていることも多く、なかなか気づかない」ということも、潜在的なDXニーズを探る上で大きなヒントになりそうです。

なお、ご紹介した事例については、2024年9月19日・20日に開催されるLaboratory Automation Developers Conference (LADEC2024)にて発表予定です。詳細はこちらをご確認ください。

私たちの取り組みに少しでもご興味をお持ちいただきましたら、ぜひ、お気軽にお問い合わせください。

文:大瀧 翔子

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