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スマートフォンを使った貧血予測AI開発 - 東大病院との共同研究成果 -

こんにちは、エルピクセル サイエンスビジネス本部で事業開発を担当している西田です。

東京大学大学院医学系研究科小児医学講座の加登先生、加藤教授の研究グループと弊社で行った機械・深層学習によるヘモグロビン値推定モデルの構築の共同研究がBritish Journal of Haematologyに掲載されました。
また2024年10月11日から13日まで京都で開催された日本血液学会でも一般口演に採択され、共同研究者の加登先生にご発表いただきました。

Machine/deep learning-assisted hemoglobin level prediction using palpebral conjunctival images

Shota Kato, Keita Chagi, Yusuke Takagi, Moe Hidaka, Shutaro Inoue, Masahiro Sekiguchi, Natsuho Adachi, Kaname Sato, Hiroki Kawai, Motohiro Kato
First published: 18 July 2024
https://doi.org/10.1111/bjh.19621

今回は本取り組みについて、前半は私から貧血検出AIの発展の可能性について、後半はAI開発を担当したエンジニアの茶木から技術的な面を交えた開発内容についてご紹介します。


貧血について

貧血とは

開発したAIについてお話する前に「貧血」について、十分ご存知の方も多いとは思いますが改めて説明をさせてください。

貧血による症状は倦怠感・めまい・頭痛・動悸 / 息切れなど多岐にわたり、QOLに大きな影響を与えます。
貧血の改善には、適切な食事やサプリメント、場合によっては医薬品による治療が必要になりますが、例えば「頭が痛い、めまいもするし身体も怠い」と思ったとき、「風邪をひいたかも、病院に行こう」と思う方は多いと思いますが、「貧血かな、病院に行こう」と思う方は少ないのではないでしょうか。

貧血症状の原因で最も多いのは「鉄欠乏性貧血」です。鉄が何らかの原因により不足し、赤血球が酸素を全身に運べないことで、めまいや疲労感、全身の倦怠感、頭痛などの症状が現れます。特に女性は月経や妊娠・出産などにより鉄分不足になりやすく、他にも過度なダイエットや食生活の偏りなどによっても鉄分不足になり貧血になります。

また鉄欠乏性貧血以外にも、慢性腎臓病、関節リウマチ、甲状腺疾患などの慢性疾患に伴う貧血や、再生不良性貧血、骨髄異形成症候群、白血病、多発性骨髄腫などの血液疾患、消化管出血による貧血など、原因も多岐に渡っています。

貧血の診断

貧血の非常に簡便な身体検査の方法として、眼瞼結膜(アッカンベーした時に見える、下瞼の内側)の色を確認することで、貧血の疑いを確認することができます。

診察を受けた際、医師に下瞼を引っ張られた経験が皆さんあると思いますが、これは本来充血しているはずの眼瞼結膜が蒼白していないかを確認し、貧血の疑いが無いかを確認しています。
眼瞼結膜の色の確認は非常に簡便な身体検査の方法ですがその一方で、大まかにしか判断できず、精度も高くないことが知られており貧血の診断には不十分です。

そのため、貧血の診断を行うためには採血による血液検査でヘモグロビン値(Hb)などを確認する必要があり、気軽にできる検査ではありません。
中低所得国など、医療アクセスの限られる地域では採血自体が難しいケースもあります。

また、何かしらの疾患に伴う貧血症状がある場合も、ヘモグロビン値等の貧血の状態確認のために頻回に採血を行うことは患者さんへの負担も大きく、診療報酬などの側面からも頻回に実施することは難しい状況です。

AIの活用による非侵襲な検査での貧血診断への期待

今回開発したAIモデルは、スマートフォンで撮影した眼瞼結膜の写真からヘモグロビン値を予測するものであり、非侵襲かつ非常に簡便というのが特徴です。

図1. 本研究のコンセプト
引用元:https://lpixel.net/news/press-release/2024/11229/

スマートフォンで眼瞼結膜を撮影するだけでヘモグロビン値の予測が出来れば、体調がなんか悪いな、と思ったときに自宅などで簡単に貧血の疑いを確認することが出来、食生活の改善やサプリメント等の摂取により日々の健康管理に役立つ可能性があります。

また場合によっては、今までより早いタイミングで病院を受診するきっかけになり、適切な治療を受けることが出来るかもしれません。今まで必要だった血液検査を行うことなく、スマートフォンだけでヘモグロビン値を算出し、治療薬の投与管理などが出来るようになる可能性など、期待は多岐に渡ります。

今回開発したAIモデルは学習データを増やし性能改善を行う必要はありますが、今後、ヘルスケアアプリまたは家庭用医療機器としての活用や、診察室での簡便な診断に用いる医療機器としてなど、様々な利用が期待されます。

貧血予測AIの開発など一緒に取り組んでくださる企業様や本件にご興味・ご関心を持っていただける方がございましたら、ぜひご連絡いただけますと幸いです。

さてここからはアルゴリズムエンジニアの茶木にバトンタッチし、今回開発したアルゴリズムについて論文の内容をご紹介させていただきます。

共同研究で開発した貧血予測AIの解説

本研究のAI開発を担当した、研究開発本部 サイエンスグループ アルゴリズムエンジニアの茶木です。今回発表した論文について簡単にご紹介します。

モデル概要

今回の共同研究 [1] では、簡便でかつ高精度な貧血スクリーニングを実現するために、「スマホで撮影した画像から貧血を推定するアプリがあれば便利だろう」ということを念頭におき、スマホで撮影した眼瞼結膜(以下結膜)の画像からHb値を推定するモデルを作ることを目的としました。

まず、U-net* [2] を応用したモデルを作成し、スマホで撮影された眼を中心とした顔画像から、結膜部分のみを切り抜くために利用しました(図2 A)。
また、切り抜かれた結膜画像を受け取り、CNN**を使ってHb値を回帰するモデルを作成しました(図2 B)。

* 画像のセグメンテーション(≒目的物が画像のどこに写っているかを推定する)を行うために広く利用されるモデル。このモデルを基礎にした応用モデルも多数存在する。

** Convolutional Neural Network(畳み込みニューラルネットワーク)のこと。「畳み込み」を利用し入力情報(画像等)を集約する構造を含むモデルで、性能がよいケースが多いため、近年多くのモデルに使われている。

図2. 今回の共同研究の概要

A. スマホで撮影した眼瞼結膜を含む顔写真から、U-netによって結膜部分を特定し、B. CNNによってその結膜画像からHb値を推定する。

その結果、顔画像から結膜部分のみを切り抜いてくるモデルはうまく作成できましたが(図3)、結膜画像からHb値を推論するモデルに関しては、学習に利用するデータによって性能が大幅に変わってしまうという性質が見られました(図4)。

この性能の差が何に起因するか、手がかりをつかむために可視化を行いました。

図3.  セグメンテーションモデルの性能

各点が各入力画像を表し、IoUの値が1に近いほど眼瞼結膜が正確に検出されている。IoUが特に低い3点は、ピンク色のマスクや唇の一部が結膜と誤判定された領域を含んでいる。今回は学習データを5分割して利用しているため、グラフが5つある。[1]を元に改変。
図4. CNNによる回帰モデルの結果

CNNによる回帰モデルの結果。横軸が実測値、縦軸が推定値(mg/dL)。各点が各入力画像を表す。今回は学習データを5分割して利用しており、各色にそれぞれ対応する。分割したデータごとの相関係数は0.26-0.63で、すべてのデータを合わせた場合の相関係数は0.44。[1]を元に改変。

判断根拠の可視化

よく「AIの判断はブラックボックスである」といわれますが、モデルの判断が何を基準に行われたか確認することは、モデルの性能を検証するうえでも、実運用化するうえでも重要です。

そのため、今回の論文ではモデルの判断根拠の可視化もおこなっています。今回利用したGrad-CAM [3] はさまざまなモデルで利用される可視化手法で、モデルが画像上のどの辺りに注目しているのかが大まかに分かります。

可視化により、うまく予測できているモデルでは結膜の下側部分に注目していることが分かりました(図5 A)。一方、うまく予測できていないモデルでは、同領域にうまく注目できていないことが示されました(図5 B, C)。

図5. Grad-CAMによるCNNモデルの注目領域の可視化

学習に利用した分割データごとに異なる傾向を示した。 A. 実測値と推論値の相関係数の高かったモデルの注目領域。B, C. 相関係数の低かったモデルの注目領域。[1]を元に改変。

このことから、結膜の下側領域に注目することがHb値を推測する上で重要になる可能性が示されました。この部分がHb値を周囲よりもよく反映している可能性は、先行研究 [4] でも指摘されています。この点を考慮すると、うまく予測できているモデルに関しては妥当な根拠をもとにHb値を推測できていると考えられます。

また、今回のケースでは学習に利用するデータに偏りがある(Hb値が低いデータが1割もない)ことから、Hb値がなるべく均等になるようにデータ分割をしたものの、どのデータを学習に利用したかによってモデルの性能差が出てしまったと予想されました。

今後、Hb値が低い貧血患者のデータを増やす等の対応により、性能改善が期待されます。

最後に

弊社にはライフサイエンス領域を中心とした画像解析AIに強みを持つエンジニアが多数在籍しております。
実験業務の効率化にAIを活用したい、自身の研究に機械学習を取り入れたいと考えている方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

引用

  1. Kato S, Chagi K, Takagi Y, Hidaka M, Inoue S, Sekiguchi M, Adachi N, Sato K, Kawai H, Kato M. Machine/deep learning‐assisted hemoglobin level prediction using palpebral conjunctival images. British Journal of Haematology. 2024; 205(4): 1590–1598. https://doi.org/10.1111/bjh.19621

  2. Ronneberger O, Fischer P, Brox T. U-net: convolutional networks for biomedical image segmentation. Medical image computing and computer-assisted intervention 2015: 18th international conference, Munich, Germany. 2015. pp. 234–241.

  3. Selvaraju RR, Cogswell M, Das A, Vedantam R, Parikh D, Batra D. Grad-CAM: visual explanations from deep networks via gradient-based localization. IEEE Int Conf Comput Vis (ICCV). 2017; 2017: 618–626.

  4. Collings S, Thompson O, Hirst E, Goossens L, George A, Weinkove R. Non-invasive detection of anaemia using digital photographs of the conjunctiva. PLoS One. 2016; 11(4):e0153286.

文:西田美和(前半)/ 茶木慧太(後半)

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