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東南アジアでの医療AI普及の意義と課題 ー海外展開から見えた兆しー

こんにちは、LPIXELグローバル事業推進室の金子です。

グローバル事業推進室は2023年12月にできた新しいチームで、これまで国内事業を中心に推進してきたLPIXELの事業を海外に展開していくための事業開発を担当しています。

LPIXELの2つの事業、即ち、①医療機関向けの画像診断支援AI、②製薬会社等と取り組んでいる創薬支援画像解析AI「IMACEL」のいずれも海外展開を進めていますが、今日は①画像診断支援AIの海外展開の構想についてお話ししたいと思います。


はじめに

LPIXELの画像診断支援AIの海外展開について、最初のターゲットとして、主として東南アジア諸国への展開を進めています。

これらの国々では先進国に比べ、医師をはじめとした医療リソースが十分に整っているとは言えません。画像診断支援AIで医師の診断をサポートすることにより、希少資源である医師の時間を医師でなければできない業務に集中的に活用し、医療水準を向上させるために貢献できるのではないかと考え、東南アジア諸国への展開を進めることにしました。

東南アジア諸国でこれから医療AIの重要性が増す理由

そもそも医師が不足している

皆さんもご存知のように、アジアやその他の新興国では一般的に人口当たりの医師や病床の数が十分ではありません。
表1.に見られるように、人口当たりの医師数や病床数は日本の半分やそれ以下の状況です。表1.の情報は一部であり、病院や医師の定義がはっきりしないために正確な統計が取れていない国も多数あります。

表1.  各国の人口と1,000人あたりの医師数・病床数
(出典: World Bank, World Development Indicators)

また、医療サービスの質も大都市の大病院と地方の小規模診療所の差が大きく、例えば日本であればクリニックを受診するようなちょっとした病気でも、患者が大都市の大病院に集中してしまい、ただでさえ不十分な医療リソースがさらに逼迫してしまう問題もあります。

実際、2024年11月に訪問したベトナム・ハノイ市内にある総合病院では、地方から泊まりがけで診察を受けに来る患者に対応するため、放射線科は週7日24時間フル稼働でX線、MRIやCTなどの撮影し続けており、夕方でも待合室は順番待ちの患者であふれていました。

ベトナム・ハノイ市内の総合病院内の様子(2024年11月撮影)

高齢化や生活習慣病の増加により「日本式医療システム」に関心

東南アジア諸国を含む新興国は人口が増加していることから、平均年齢が若いイメージがありますが、実は多くの国で急速に高齢化が進んでいます。

中国でかつて一人っ子政策が行われたことで急速に高齢化が進んでいることは広く知られていますが、例えばベトナムでも過去には人口急増の抑制を目的として「二人っ子政策」が取られていたことがあり、平均年齢は31才とまだ若いにも関わらず急速な高齢化が始まっています。その進行速度は高齢化で世界最先端を行く日本を上回るとさえ言われています。

こうした高齢化問題は、医療リソース逼迫の問題に拍車をかける社会課題として、各国の保健衛生当局の関心が高く、格好の先例である日本の医療保健システムに関心が高まっていることは現地の医療関係者との会話から感じ取ることができます。

また、日本では「専門医制度」などの制度が整っていますが、東南アジア諸国ではそうとは限らず、医療従事者の養成自体にも課題があります。

画像診断支援AIが東南アジア諸国で果たすことができる役割

医療の質の均てん化と安全性向上

東南アジア諸国での医療リソースの逼迫については、皆さん何となく想像通りではないかと思いますが、私達は画像診断支援AIが東南アジア諸国で果たすことができる役割として、第一に「医療の質の均てん化」と「安全性向上」と考えています。

全ての診療科の専門医が揃っている大病院ばかりではなく、地方の小規模医療機関では非専門医が初期診断を行わなければならないことがあります。

こうした状況において、画像診断支援AIが医師の診断をサポートすることは、画像診断に不慣れな場合であっても、見逃しなどの誤診の可能性を下げることができると考えています。

さらに、診断の質を向上させることで患者の信頼を高めることは、小規模医療機関への不信感からむやみに大規模病院に行くのではなく、適切な地域医療が推進できる一助になると期待しています。

健康診断による早期発見の重要性

東南アジア諸国では、かつて重大な医療課題であった感染症が克服されつつある一方で、高齢化、食の欧米化、喫煙、大気汚染など様々な原因により、生活習慣病や肺炎、がんなどの疾患が医療課題になっています。

感染症が早期発見が重要であることは言うまでもありませんが、感染後、症状が現れやすい感染症とは違い、生活習慣病やがんなどは自覚症状が出た時には重症化していることが多いため、早期診断を行い治療を始めることが重要です。

早期発見により重症化前に治療を開始することは、医療費増大の抑制の観点から非常に重要であり、各国保健衛生当局の関心が高まっています。したがって、今後は各国で健康診断の普及が進んでいくことが考えられます。

一方で、先に述べた通り、これら諸国では現状でも医療リソースが不十分であるのに、健康診断のために健康な人々が病院を訪れてX線撮影などを行うようになれば、病院がパンクすると考えるのは不自然ではありません。

そこで、画像診断支援AIをはじめとする医療AIの活用が考えられます。

画像診断支援AIを活用し、例えば医師のダブルチェックをAIに任せることは、不足する医師の負担増を抑え、医師が医師でなければできない治療や診断に時間を費やすことは社会的な意義が非常に大きいと考えています。

ベトナム・ハノイ市内の総合病院内での検査の様子(2024年11月撮影)

AIに対する期待と潜在需要、社会的インパクト

リープフロッグ現象

これら国々では、医療課題の重要性からAIなど新しい技術への関心が高く、医療画像支援AIが普及する可能性は大いにあると考えています。

人口規模を見ても、インドネシア2.8億人、ベトナム1億人、タイ0.7億人、と非常に大きく、医療課題を解決する社会的インパクトもそれだけ大きいことになります。

もちろん日本をはじめとする先進国でも関心が高いことは言うまでもありませんが、既に何十年もかけて確立した医療システムが定着している先進国では、新しい技術の採用には幾重にも重なる安全性の確保が重要で、慎重になるという面があります。

そのため急速な高齢化と爆発的な医療費増大を目前にして、新技術を取り入れようというより積極的な動機がある東南アジア諸国の方がAIの普及が早い可能性もあります。

実際に、固定電話が普及する前に一気に携帯電話が普及した、という「リープフロッグ現象」が画像診断支援AIでも普及する可能性もゼロではないと期待しています。

もしそれが本当に起これば、先進国との医療水準の差を縮めることも夢ではありません。

画像診断支援AIの普及には課題も山積

これまでグローバル事業推進室が進めている海外展開についてお話ししましたが、新しい技術を社会に実装していくというチャレンジは、全く簡単なことではありません。

日本での展開と同様ですが、医療画像診断支援AIが医療関係者や患者の方々の信頼を得るに足る十分な性能を実現し、それを継続的に高めていくことは勿論のこと、東南アジア諸国で社会実装するためには、インフラが十分ではない僻地でも利用できるような利用環境の提供が必要です。

そこで、ハードウエア依存度を下げるためにクラウドサービスでの提供が重要になると私は考えています。

当然、東南アジア諸国でも個人情報保護の重要性は先進国と変わらない要求であり、個人情報を含む医療画像をインターネット回線を通してクラウドにアップロードすることには慎重な見方もあります。

しかし、「だったらやらない」という考え方では目前に迫る大きな医療課題には太刀打ちできません。

必要なセキュリティ対策を確立しながら新技術を普及させていくためには、私たち医療AI企業だけでなく、ICTなど産業インフラの整備や制度設計のため、関連業界や各国当局と連携しながら進める必要があり、実際にコミュニケーションを取りながら進めています。

ベトナム・ハノイ市内の総合病院内で筆者が画像診断支援AIについて説明する様子
(2024年11月撮影)

先進国との医療水準ギャップを縮めるチャンス

画像解析支援AIの東南アジア諸国での普及は、一企業の小さな肩にはとてつもなく重いミッションかもしれませんが、日本発のエルピクセルの技術でこれらの国々の医療課題の解決に貢献し、先進国の医療水準に少しでも近づけることを目指し、日々チャレンジを続けています。

東南アジア各国を訪問していると、特に都市部では、多くの自動車やバイクが道路を埋め尽くし、30cmの隙間を狙って1cmでも先にいる方が勝ちと言わんばかりに先を争う様子は発展途上の混沌と見ることもできます。

しかし、私としては混沌の中にも成長に向けての大きなエネルギーを感じており、残念ながら最近の日本ではなかなか感じることができないものです。

医療技術という意味では日本が一歩先んじていることは間違いありません。

だからといってそれを上から目線でとらえるのではなく、互いにそれぞれの文化を尊重し、切磋琢磨しながら社会課題を解決できるとしたら、そこに大きなやりがいがあると信じています。

文:金子 龍司

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