御子柴善之『自分で考える勇気 カント哲学入門』(岩波ジュニア新書、2015年)を読んで。
本書はカントの思考の全体像をコンパクトに提示する本である。最初に読むべきカント入門というよりも、ある程度カントについて興味を持って読み始めたけどわからなかったという読者のための本であるように思われる。本書の特徴はカントの思考に用いられる言葉の一つ一つを具体的なニュアンスを拾い上げながら解きほぐしていくことにある。とはいえカントの言葉遣いに全く馴染みがない読者にとってはなぜこんなことを説明するのかという疑問を抱くかもしれない。そういった意味でカントを読もうとして挫折した人のための本であると思うのである。
ツイッターなどで評判の良い本書ではあるが、カントへの最初の入門書としてよりも印象的だったのは、戦争の世紀にあって国連草案の基礎として取り上げられるカント思想を生き生きと提示していることである。カントがその哲学全体にわたって描き出そうとしている人間像を通して人権の基礎となる人格論の見通しを与えてくれる本として本書をお勧めしたい。
カントの人格論は当然の如く語られながらもその具体的内容を提示してくれる本は少ない。人格論の理解抜きに人権思想を語ろうとも、カントが人格論において語ろうとした尊厳の姿を見定めることはできないであろう。二十一世紀に入って分断と戦争の世紀としてカントの世界市民思想が注目を浴びた時期がある。しかし専門家にとっては自明の理として、自説を述べるときに通りすがりに前提視されている印象が強かったのだが、本書においてようやく、なぜカントの世界市民思想がいま私たちが振り返るべき、あるいは新たに見出すべき思想であるのかを明確に語る本が出たように思う。ここから初めてカント自身の人格論に向き合うことができる、そういう地点を明示してくれている本なのである。
カントは難しい、それはドイツ語で読んでもそうであるとはよく語られることである。しかし難しいことを確認しても思想的には一歩も進むところはない。しかしその独特の言葉遣いと思考の道行きに馴染んでいくことを通して、生き生きとしたカントの思考に触れることができるであろうことを本書は明示してくれている。一通り読んで理解することができたら、本書をもう一度読み解くこと、そしてカント自身の書を読むことを求める本書は、良質なカント哲学入門といえよう。