褒められた日
毎日、電話とメールの対応を繰り返す仕事をしている。
相手は企業なので、クレーマー的な人の対応をすることは少なく、嫌な思いをすることは、ほとんどない。
ただ粛々とメールをさばき、電話を取るのだ。
やってることは「〇〇(サービス)の使い方や操作で分からないことを教えてあげる」的なやつだ。
実際に使ってる人に会ったことはない。
定期的に講習会みたいなこともやっていて、その日は顧客が来訪してくる。
来訪者の対応は別のチームの社員さんがやっている。
今日もその講習会の日だったようで、担当の社員さんはほとんど自席にいなかった。
午後4時も過ぎたころだったと思う。
就業時間も後半で少し疲れてきた自分を、あと少しと鼓舞した。
最近入った新人さんに業務の落とし込みをし終えて、返信メールに目を通していた時だ。
講習担当の社員さんが私の席近くまで来て、私と、私のチームの社員さんに声を掛けてきた。
「〇〇会社の△△さんがまゆさん(私)にお会いしたいとおっしゃってるんだけど、いいですか」
一瞬何をお願いされたのかわからなかった。
終日デスクでパソコン相手に8時間を過ごす派遣社員が、外部の人と会う機会など皆無だ。
「いつも、色々教えてもらってお世話になってるので、一言ご挨拶したいとのことで…」
断る筋はない。「はい」と返事して、立ち上がった。
その△△さんは比較的多い頻度で対応していたので、社名と名前は憶えていた。
男性だったか、女性だったが判然としない。
そのくらいの記憶だ。
講習会が行われていた会議室へ向かう。
室内に入ると、女性二人が席から立ちあがり、こちらの方角ににこやかな顔を向けている。
他に人はおらず、他の参加者はみな帰ったようだ。
二人のうち、小柄でショートカットの中年女性が私に満面の笑みを向けて、お辞儀をしてきた。
「いつもお世話になっております。」
私もお辞儀と「いつもお世話になっております。」をオウム返しする。
この人が△△さんなんだ。
とても柔らかい印象のきれいな人だった。
「いつもお世話になって、色々聞いてしまっているんですが、ご丁寧に教えていただいて、ありがとうございます。」
彼女が言った。
「いえ、今後も何なりと」
私がとっさに出した言葉だ。
なんか変だ、それは分かっている。
でも、対面で話すときはちゃんとしたコミュ障に戻るんだから仕様がない。
今日みたいなことは滅多にない。
私がこの会社にいる間で、これが最後かもしれない。
ただ個人として会いたいといってもらえたことが、純粋に嬉しかった。
有難がられるために派遣社員をやってるつもりはない。
むしろ、単なる銭稼ぎだし。
私は、誰かにとって、何かの足しになれたらいいなと思う。
このnoteで文章を書き始めたのも理由も、そこにある気がする。
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