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【#dbn二次創作大会】禁酒失敗そのX【即興ファンタジー(本編)】その④

「こんな風に解毒薬を作ったりとか、ね!」そんな風に二日酔い解消の薬とか作れたらぼろもうけだね!

 どうも、禁酒34日目の私です。

 今回はdbnさんの2次創作、ファンタジー連載の第4話です。いったい兵士たちに何が起こったのか!?ただの運動不足とは違うようだぞ!!



(前回までのあらすじ:
 心に傷を負い、辺境の砦へと赴任してきて毎日酒浸りのドバンはある日、州都からの特使を迎え、調査隊の編成を依頼される。その日の夜、何かに追い立てられるようにして、近隣の住民らが保護を求めて砦にたどり着き、これを保護せんと出た兵士たちは、正体不明の怪物と遭遇して交戦状態となる。戦いは有利に進むかと見えたが、兵士たちの様子がおかしい……)


リカー・ワールド・ストーリーズ
ローカルエピソード その3
ミッズワーリー砦の戦い
(Local episode 3: The battle of fort Midsworly)

ミッズワーリー砦、黒い風の月 15日、国歴225年



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 頭上には月明かりを透かした雲がたなびく様子が見える。

 砦の各所に焚かれた篝火は、見え隠れする満月の光に比べれば小さく、心細く頼りないものに映る。いや、そう見えるのはドバンの心持ちをそのまま映しているからだろうか。

 ドバンは石垣にもたれかかり、ぼんやりと夜空を見上げていた。少し離れた所では、魔道士アイレイが火を焚き、その上の大鍋からもくもくと煙を出して、出入り口を全て封じられた小口の中にそれを流し入れている。小口の中には生き残った避難民と、退却してきた兵士たちがいた。薬臭い煙は彼らの姿をすっかり包み隠すほど充満している。

 あれからどれくらい経ったのだろう。ドバンは顔を顰めて泣き出しそうになりながら頭を抱えた。
 知らなかったんだよ。わかんなかったんだよ。魔物と戦うのも初めてだったし、毒持ってるなんてわかりっこない。どうすれば良かったの?だって私が命令したわけじゃない。みんな勝手に動いて私の言うことなんて聞かないし。それに私が命令したわけじゃない。命令したのは……
 ドバンはその先を考えるのを止めた。若き騎士は今も階下で苦しい息の下、横たわっている。彼がいたから、兵士全員を何とか帰還させることができたのだ。

 あの時──


────────


「何人かはもう動けなくなってる!動ける人は肩を貸してやって!」
 アイレイが鷹のような鋭い声で叫ぶが、門前の兵士たちは毒という言葉を聞いた途端、倒れている仲間を置き去りにして我先に通用門へと殺到し始めた。倒れ伏している者へ駆け寄るのは僅かに一名である。アイレイはその様子を見て忌々しげに舌打ちをした。
「なんともご立派、」
「練達の古つわもの、ねえ」
 ドバンの頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。撤退……怪我人……?怪我人の回収……規律……倒れている民間人は……?私も行った方が……ここにいた方がいい?どうしよう……どうしたら………………
 またレイモンサウアーが事態を打開してくれるのでは、と淡い期待を寄せてちらりと横を盗み見たが、特使の主従は既にそこにはいなかった。えっ、と思う間もなく、小口の内側から凛とした声が聞こえた。

「主門を開けよ!!!」

 歯車と滑車が作動する音がして、前門の重々しく頑丈な大扉がゆっくりと開き始めた。門の内側に仁王立ちしていたのは、抜身の剣を両手持ちにし、手ぬぐいで鼻口を巻いた騎士レイモンサウアーである。姿が見えぬところをみると、ハイボルとアスコットの二人で扉を操作しているものらしい。

「兵士諸君!」

 レイモンサウアーは剣を真っ直ぐに向け、一目散に逃げ出そうとする兵士たちを制した。

「諸君らの奮闘ぶり、感服の至り!これよりは私が時を稼ぐ!負傷者並びに避難民を回収し、堂々と後退せよ!諸君らがこの砦の要である!生きて帰って守りを固めよ!」

 言うが早いか、若き騎士は外套を翻し、板金鎧の重さを物ともせずに躍り出て、手にした剣の柄に小瓶を押し込み捻り回し、安全装置を解除した。これぞ魔力を帯びる伝家の宝剣キンミャーである。じわりじわりと迫りくる化け物にひと跳びで達したレイモンサウアーは、着地の低い姿勢から全身のばねを使って伸び上がり、見事な太刀筋で化け物を一刀両断に切り裂いた。同時に鍔元から剣身の樋に伸びる凝った紋様が紅蓮の火を噴き、化け物は両断された身の内側から燃え上がった。それを見た兵士たちは次々と踵を返し、倒れた同輩の元に駆け寄って助け起こした。まだ余力があったヘネシーは咳き込むハーパーを半ば引きずりながら、その様子を見て口笛を吹こうとしたが、上手くできなかった。
「ふひゅう〜、頬当てと酒の……アテにかけて。な……なかなか、……やるじゃないの。ただのお坊っちゃんじゃ、……ねえってわけだ……」

 裂帛の気合を上げ、レイモンサウアーは化け物をばったばったと斬り倒してゆく。ドバンの見立て通り、乾燥した化け物の体は火に弱いようでよく燃えた。都合三回、剣が火を噴くと、彼は握りの機構を操作して空になった瓶を排出し、新たな瓶を装填した。残る予備の瓶は三本である。しかし異形の化け物は留まることを知らぬが如くに湧いて出てきており、如何に優勢に見えても、このまま戦えば魔力切れは必至であった。
 兵たちはほとんどが退避を完了している。後は無言で転がっている民たちだが、ここで落ち着かなげに所在無く上から眺めていたドバンの目に奇妙なものが映った。
 白いカビのようなものに覆われて微動だにしなかった民たちがゆっくりとだが動き出したのだ。意識を取り戻したのだろうか。しかしどうにも胸騒ぎがする。手足の向きが……首を回している方向が……おかしい気がする。うずくまっていた者が反対側にありえぬ角度で反り返り、立ち上がった者は爪先立ちしすぎて足首を反対側に折り曲げ、またある者は膝から下が黴でちぎれ落ちながらも何の痛痒も感じぬが如く短くなった脚で痙攣しながら近づいてくる。ドバンはぞっとした。これ……これはどういうことなの?これは何?何が起こってるの?ねえ、アイレイ。

 しかしアイレイはどこにもいなかった。否、砦の奥の方から、鍋はどこだ、鍋を出せ、と大騒ぎする声が聞こえるから逃げたわけではないのだろう。と、その時ドバンは森の中から人外の化け物ではなく、人間の形をしたものが出てくるのを目撃した。ドバンは恐怖に震えながら生唾を飲み込んだ。ああ、何ということだろう。それは辛うじて人の形を保っているだけであり、奇妙に曲がった手足や不自然な歩き方は砦前門の犠牲者と同一でありながら、その姿はより一層悍しく、より一層悲劇的であった。かつては仕事道具を振るった逞しい腕が、妻に愛を囁いた口が、子供たちを愛おしそうに見た眼が、余す所なく白いカビで覆われ、目鼻や耳、口があったであろう頭部の開口部からは長い茎の茸が伸びている。もはや自意識があるのかどうか、生きているのかどうかも定かではない。

 レイモンサウアーの動きが止まってしまった。肩で息をし、剣を下段に構えたまま、新手の化け物に戸惑っている様子がありありと伺える。人外の化け物と人型の化け物は共に騎士を囲み、その輪を徐々に狭めてゆく。ドバンは叫んだ。

「レイモンサウアー卿!退いてください!」

 しかし若者はまだ迷っている。ドバンにはわかっていた。あれほどの勇猛な騎士が恐れをなすわけがない。名誉ある騎士たれと教育を受けて来た身には、おそらく民を見捨てて逃げるという選択肢は無いのだ。あるとしてもその優先順位はかなり下の方だろう。レイモンサウアーは化け物の苗床と化した哀れな犠牲者の成れの果てをまだ救えるかもしれないと、きっとそう思っているのだ。

 その時ひょうと風を切る音がして、ドバンのおかっぱの髪が揺れた。いつの間にか戻ってきたハイボルが放った機械弓の箭が、人型の異形の胸の真ん中を貫いた。人間ならば致命の位置である。にも拘らず人型は少し痙攣したのみで、動きを止める気配は無い。ハイボルは何の感情も見られぬ目で箭をつがえ、第二射を放った。二の箭は狙い過たず人型の頭部に命中し、額に箭を突き立てられた人型の化け物はものも言わずに仰向けに倒れ、その動きを完全に止めた。時を同じくして、退避を終えた兵士たちも半開きの主門から顔を出して口々にレイモンサウアーに向かって帰還を呼びかけた。
「騎士様!そいつらはもう人間じゃありやせんぜ!退いてくだせえ!」
「もう皆ひっこみやした!もう十分だ!あんたまで毒にやられっちまう!戻っておくんなせえ!」
 ドバンも覚悟を決めて弓矢を再び手に取った。最早、犠牲となった者らは助からない。安物の弓をきりきりと引き絞り、躄り寄ってくる化け物を目掛けて矢を撃ち込み、もう一度叫んだ。
「卿!今のうちに!」

 胸と頭に箭を撃ち込まれた人型の化け物の死骸に目をやり、レイモンサウアーは苦々しげに少し首を振ると、弓兵たちの援護の中、緩慢な動きで襲い来る化け物たちを躱して、砦に走って戻ってきた。彼が飛び込むと同時に待機していた兵士たちが力いっぱい門扉を押して閂をかけ、化物の脅威を束の間退けることに成功したのだった。

「よぉし!全員、戻ってきたな!」

 ドバンは一段と高い石垣の上にいるアイレイを見て苛立ちを覚えた。今頃出てきて、何様のつもり?!魔法使いなら魔法で戦いなさいよ!
 自分を睨みつけてわなわなと震えているドバンを見つけ、アイレイはあの鷹揚な笑みを浮かべた。
「そうカッカしないの!魔道士の基本は後方支援、むやみに前線に出ないのが鉄則。相手を観察して、分析して、対応策を練るのがお仕事なのよ。そうすることによって、味方の被害を減らすことが魔道士には求められてるの」
「でも、それでも火の玉の一発くらい浴びせてくれても良かったんじゃ……」
「出た!火の玉!」
 アイレイは大げさに肩をすくめて見せた。
「魔法を知らない人ってホント火の玉好きよね〜。長くなるから詳しくは語らないけど、絵本の読みすぎだよ、それは。それに私、火の魔法は使えないし」
「……ええ?じゃあ、何で……何の魔法で戦ってるのよ?」
 アイレイはそれには答えずに笑って見せるだけだった。その手元は登場した時からずっと動いている。遅ればせながら、彼女が大鍋を火にかけて、何やら刺激臭のある液体を煮込んでかき回していることにドバンは気がついた。
「なんで私が特務魔道士っていう肩書でいっしょについてきてるか、わかる?」
 ドバンには皆目見当がつかない。
「特務魔道士はね、旅を快適なものにするためについてきてるのよ」
 ますますわからない。
「おいしい料理をつくったり、暗い所を照らしたり、寒い所を暖かくしたり、暑い所を涼しくしたり、」
 アイレイが袋の中から乾燥した濃い緑の葉をひとつかみ取り出して煮立った鍋の中に投げ入れると、刺激臭に薬臭さが加わったものになった。
「崖を平地のように登ったり、川や湖を舟なしで渡ったり、」
 燃える薪の中から焼けた石を火箸で掴み取ると、彼女はそれをひょいっと鍋の中に放り込んだ。
「こんな風に解毒薬を作ったりとか、ね!」
 万雷の拍手のような音が鍋から炸裂し、ドバンは肝を冷やした。たちまち鍋からはもうもうたる水蒸気が上がり、しかしそれは空気よりも重いらしく、すぐに下降して毒にやられた者らがいる砦の小口に充満した。下にいる者たちは新たに自分たちを襲ってきた異臭のする気体にたじろぎ、鼻と口を覆ったが、刺激臭のするそれは目からも染み込むようで、兵士も民も苦悶の呻き声を上げた。

「みんなよく聞いて!」

 アイレイは杖の石突の方で鍋を叩き、注意を寄せた。

「そいつは解毒剤だからね!体の中に巣くったカビをやっつけるものなんだ!ちょいと臭いけど、効き目は抜群だよ!死にたくなきゃ、いっしょうけんめい吸いな!」
 ドバンの方に向き直り、アイレイは言った。
「これでひとまずは大丈夫だよ。重症の人でも三日三晩この薬をかがしてやれば、毒のある胞子は死滅するはず。でも、強い薬だからね。人間にとって必要なものまでぶち殺してるようなもんだから、観察は怠らないようにしないとね。特にここは年寄りばっかだから」
 アイレイは袂から小瓶を取り出した。瓶の口は細くなっており、そこに金属の吸口のようなものが付いている。
「一応アタシたちもいっとこう。胞子ってのは、風に乗って運ばれるものだからね。ちゃんと吸い込みなよ」
 そう言うとアイレイは吸口みたいな所の先端を押し、ドバンの鼻に細かい霧状のものを発射した。思わず身構えたドバンだったが、想像していたよりもまろやかな匂いに驚いた。鍋で煮込んだ薬液とは雲泥の差である。アイレイは笑った。
「これは上法で作った薬だからね。そんなにびびらなくても大丈夫だよ」
「ジョウホウの薬……?」
「人に優しい薬、のことですよ、ドバン殿」
 振り向くと、いつの間にかハイボルが後ろに立っていた。今まで階下の主の所にいたのか、全身から薬煙の臭いを漂わせている。
「うーん!惜しい!人に優しく、効き目は穏やか、だね」
「アイレイ様、その上法の薬の方をトリポー様に分けては頂けませんでしょうか?」
 とんがり帽子の下で首をひねり、アイレイはその願いを却下した。
「いんにゃ、彼も近くでかなりの量を浴びてるはず。立ってもいられないんでしょ。だったら多少体にきつくても、下法の薬の方がいいよ。混ぜたらだめだし、若いんだしさ」
 またわからない単語が出てきた。しかし話から察するに、どうやらジョウホウとゲホウは対になるものらしい。となればゲホウは、人に厳しく、効き目は抜群、ということになるのだろうか。

 アイレイが、弓隊のじいさまたちにかがせてきて、と先程の小瓶を渡してきた。ドバンは疲れた足取りで、溜まっている弓兵たちの下へ行き、全員にふがふがさせてそのうち三人からくしゃみの逆襲を受けた。

 ドバンは胸壁の上から下を見下ろした。異形の化け物たちは際限なく湧き続け、ますますその数を増やしている。何をするでもなく、石垣にぴったりくっついてただじっと佇んているだけなのがまた不気味だ。その中に何体か、人型の化け物が……苗床にされた犠牲者も混じって立っているのが見えた。何の身じろぎもせず、押し黙って立っている。もう個人の区別もつかないほど黴──菌糸に覆われているが、それでもその佇まいには生前の面影が残っている。まるで家の扉を開けてくれるのを待っているかのように。家族が迎え入れてくれるのを待っているかのように。彼らはもの言わず立ち尽くしていた。

 ドバンは石垣にもたれかかり、夜空を見上げた。月明かりを透かした雲が、星が、滲む。


(続く)

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酎 愛零(ちゅう あいれい)
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