【#dbn二次創作大会】禁酒失敗そのX【即興ファンタジー(本編)】その①
『アタシも毎日飲んでるからね』いえ、飲んでいません。
どうも、禁酒24日目の私です。
今回はdbnさんの2次創作として初のファンタジー短編を載せてみます。ファンタジーといってもそんな壮大なものではなく、そして気軽にお読みいただけるようなものにしようと思って、分割方式にしました。(連載方式?)
キャラクターモチーフを「ノーマルdbn」「メンヘラdbn」「ビッチdbn」のどれにしようかと悩みましたけど、メンヘラがいちばん愛おしかったので、つぶやきに続きメンヘラdbnにご登場いただきました😁
では、どうぞ!
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リカー・ワールド・ストーリーズ
ローカルエピソード その3
ミッズワーリー砦の戦い
(Local episode 3: The battle of fort Midsworly)
ミッズワーリー砦、黒い風の月 14日、国歴225年
ドバンはお酒を飲み過ぎだ。明らかにのみすぎだ。
唯一人の士官としてこの辺境の砦に赴任してからというもの、毎晩、いや毎日酒を飲んでいる。ビールにエール、穀物酒、焼酒に葡萄酒まで、ありとあらゆる酒を飲んでいる。国境から遠く離れ、さして脅威となる魔獣も見かけぬこの地では、暇にあかせて酒浸りになるのも無理はない。ましてこのドバン、かつては中央で近衛として任官されるほどの優等でありながら、妬みや嫉み、やっかみなどに端を発した陰湿な仕打ちを受け、心を傷めて遁走するが如くにこの砦へ転属して来た身である。ひたすら隠してきた酒好きのその性を解放して酒を喉の奥へと流し込むのは、今までのあらゆる憂さを晴らすためと見て相違あるまい。
周りは一線を退いた老兵ばかり、当人たちはまだまだやれると昔取った杵柄自慢に花を咲かせているが、実のところ体のいい厄介払いに過ぎぬ。隣国との戦も無ければ魔物の襲来も無い、せいぜいが害獣を追い払うくらいの任務である。日がな一日、見張りと巡回と待機と休憩を繰り返し、その合間あいまに酒を飲むのがここ十数年来変わらぬ彼らの日程である。近くの村々が揃いも揃って酒どころであることも災い、いや幸いした。
しかし如何に昼行灯と目される砦であってもドバンは指揮官、有事には指揮を執らねばならぬ。毎日禁酒を誓っては毎日失敗し、酒に溺れて二日酔いの頭を抱えている体たらくで一体何ができるというのか。これではいかんと自分でも自覚している。当然人にも言われる。
今日こそは、今日こそは、絶対『禁酒』を成功させてやるんだから…!!
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ある日の夕方、砦は客人を迎え入れるために門を開いた。西日に照らされ、影絵となった騎馬の3人は州都からの特使である。真新しい板金鎧に身を包むのはまだあどけなさの残る若年の騎士レイモンサウアー、屈強な肉体に無精髭の伊達男は斥候ハイボル、神秘的な東国の面差しを見せる紅一点は特務魔道士のアイレイだ。
不揃いな老兵たちがビール腹を揺らして精一杯の整列をして出迎え、ドバンも近衛仕込の礼法で使者たちに礼を取り、名を名乗ると、一行は下馬してそれぞれ丁重な礼を返した。若い騎士は真面目にまっすぐ育った若者特有の目をドバンに向けて話しかけた。
「ご歓待痛み入る。私はダボー・レイモンサウアーの子、トリポー・レイモンサウアーと申す者。州長官のウォッカー卿よりの指令を携えて参じた次第。ドバン殿、火急の用事ゆえ、急ぎ会議の場を設けてもらいたい」
久々に見る素面の人間に驚いたか、希望の未来に満ち溢れた若人に気圧されたか、ドバンは言われるがまま、その挙動に若干の不審なところを見せながら砦の中の広めの一室へと一行を案内した。その後ろからとんがり帽子の特務魔道士が胡散臭い目で背中を眺めていたことはおそらく知らぬであろう。
部屋に入ると扉を閉めようとする砦の兵を手で制し、レイモンサウアーは自ら椅子を引いて腰かけ、他の二人とドバンにも座るよう目で促した。部屋の入り口では二人の兵士が立哨しているが、扉は開け放たれたままということは、兵士に聞かれても困らない話か、あるいは末端の兵士も知っておかなければならない話ということである。
おもむろに従者然とした斥候ハイボルが持参した包みの中から巻物を取り出し、使い古して黒ずみ、でこぼこした粗末な木の机の上に広げた。使われている紙のしなやかさからして、巻物は近年東国からもたらされた、木と草から作られた高級品であることがドバンの目にもわかった。
描かれていたのはこの近辺の地図である。ドバンが今まで目にした中でも最も緻密で、正確そうに見える逸品である。地図にはあらかじめ赤い顔料でもって印がつけられており、そのいくつかはこの砦の近くの村々であった。
「単刀直入に申し上げる」
レイモンサウアーは言った。
「ここ半年ほどの間に、領地の村落から行方不明者が続出しています。不明者は樵・炭焼・猟師・山菜採り・石切りなどを生業とする者たちで、いずれも屋外で、それも単独もしくは少数で仕事に従事する者たちです。その一方で、牧人や配達人、墓守などには行方不明者は出ていない。以上のことから、森に分け入る者たちの間で何かがあったのでは、という見当をつけ、先遣隊として私たちが調査に参ったのです」
「ついては、砦の兵を10名お貸し頂きたい。こちらの兵士たちは皆、長年勤め上げてこの辺りの地にも詳しい練達の者たちと聞き及んでおります。調査の結果いかんによっては、州軍に応援を要請し、大規模な山狩りを行わなければなりません。」
真剣なまなざしでまっすぐにドバンの目を見るレイモンサウアーだった。
「どうか、お力添えを」
それを聞いたドバンは降って湧いた問題に震えていた。兵士10名とは。この砦には自身を含めて兵士は17人しかいないのだ。それに普段訓練もせずに自慢話だけしているようなこの老いたる飲んだくれたちが一体全体何の役に立つというのか。しかしもとより拒否するなどという選択肢は無い。州の最高権力者である州長官は同時に州軍の最高司令官でもあり、ドバン以下砦の兵も無論、軍の指揮下にある。その最高権力者がじきじきに命令してきたのであるから逆らえるわけがない。ドバンの隊はこのあたりで最も閑職であり、手軽に動かせるという理由──そしておそらく捨駒にしても大した損失にはならないという理由で選ばれたのだろう。いつのまにかハイボルが広げたもう一枚の巻物に書かれた指令書とそこにある州長官の署名にチラリと目をやり、ドバンは命令の裏にある合理性という冷徹さを見て取った。僅かな期間とはいえ、権力の中枢に近いところにいたドバンにはいわゆる「上」の遣り口がよく分かっていたのである。とはいえ赴任してまだ半年にも満たぬドバンである。酒飲みの誼で仲良くはなったが、誰にどんなことができるか、槍兵と弓兵の区別くらいしかついていない。
どうしよう。誰を選べばいいかなんて、わからないよ。視線を落とし、急ぎ兵を選抜します、とだけ答え、部下に声をかけるわけでもなく、ドバンは青い顔をしながら座り続けていた。レイモンサウアーは、かたじけない、感謝します、と白い歯を見せて笑い、ハイボルとアイレイはちらりと目を見交わす。
「急な訪問の上、いきなりの申し出で戸惑っておられるでしょうが、事態が事態です。緩慢に構えていることもできぬゆえ、できれば明朝には調査を開始したい。」
レイモンサウアーはそこまで言うと、それまでの凛々しい青年然とした声とは少し違ったはにかむような声になり、
「……それと、大変不躾な願いであることは重々承知しておりますが、できれば、この砦を視察……いや、正直に言おう。見学させてはもらえますまいか? 実は私はこの任務が初陣なのです。士官学校で訓練は受けていますが、実地訓練の場所といえば現実とは程遠い、訓練場のの模擬城砦のみ。これでは本物の空気を浴びること叶わぬと思い、今回の任務に志願した次第なのです。学友たちも、おのおの自分の力量を試すべく、さまざまな任務に志願し、採用されております。遅れを取るわけには参りません。どうかドバン殿、私に現実の洗礼を受けさせていただきたい」
ドバンは心底うらやましい気分になって、視線を外した。このキラキラとまっすぐな目をした青年は、いじめられたり、自分を嫌いになったりしたことは無いのだろうか。他人に自分の欠点や未熟を晒すことに抵抗は無いのだろうか。しかも明らかに上位の役職であるのに身分が下の自分にまで礼節を尽くしている。こんなに正直で、プライドなんか関係ないって風で、腰が低くて丁寧なのなんてずるい。こんな子の相手、できないよ。すぐにバレちゃう。私がなんにも誇れるものがないやつだってことが、バレちゃうよ。
(筆者註:レイモンサウアー家は代々続く名門でありながら同時に進取の気風でも知られており、能力さえあれば平民や傭兵、外国人でも取り立てることで有名。民からの信頼も厚い)
密かに心を萎縮させているドバンを哀れんだのか、それとも単に実務を取ったのか、旅装の上からでもわかる鍛え上げられた肉体に無精髭すら精悍に見える偉丈夫ハイボルが微笑み、助け舟を出した。
「若、ドバン殿は兵を選抜すると言われたばかりではありませぬか。急ぎの任なれば、ここは砦の案内は手練の兵士をひとりつけて頂くことにしては如何かと」
はっとした様子の若き騎士は唸った。
「うむ、其方の言う通りだ、ハイボル。私としたことが、どうやら心の何処かに初陣への不安か焦りがあったと見える。あるいは過ぎた興奮か」
「ドバン殿、大変失礼しました。今の話、熟練の兵をひとりつけていただくわけには参りませぬか。改めてお頼みします」
無論ドバンにとっては渡りに船である。ドバンは立哨していた兵士のひとりを呼び寄せ、若き騎士に引き合わせた。アスコットという名の彼はこの砦で二番目の年嵩で、かつては地元の憲兵隊に属していた男であり、礼儀作法や教養なども申し分なかった。ついでに言えば酒にも強く悪酔いすることはほとんどない男だった。彼は兵士の礼を取って膝まづき、恭しくもよく通る声で自分の名を名乗り、レイモンサウアーの心証を大いに良くした。
老アスコットが若者と伊達男とを連れて場を去ると、ひとり残った魔道士はいたずらな笑みを浮かべて滑るようにドバンに近づいて来た。
「ねえ、二日酔いは治った?」
女魔道士の言葉にドバンはどきりとした。よもやまだ酒臭かったのか。使者が来るという知らせを鳩から受け取ってから、砦内の酒という酒を出来得る限り隠し、非番の兵士たちにも飲酒を厳に禁じた上、全員に塩水をがぶ飲みさせてから熱い湯で湯浴みをさせるという念の入れようだったのに。ドバンの色の悪い顔の上を脂汗が伝う。公式に貴族の使者を迎えるのに酒気を帯びていたとなれば、首がいくつあっても足りるものではない。
「あー、図星だったみたいね。」
東国人に特有のつややかな黒髪を揺らして首を傾げた魔道士アイレイは鷹揚な笑い方をすると、冷や汗をかいているドバンを安心させるように言った。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。お酒臭くなんてないよ。ただ酒飲みっぽい顔をしてたから、カマかけてみただけ。ミッズワーリーの隊長は酒浸りだなんてちくったりしないから安心して」
……酒飲みっぽい顔?カマをかけてみた?ほっとすると同時に、この礼儀を知らぬ馴れ馴れしい女魔道士に対する怒りがこみ上げてきた。東国人の年齢は見た目で判りづらいものだが、歳の頃はドバンと同じくらいであろうか。だいたいなぜ自分が酒浸りであると決めつけているのか。いや実際にその通りではあるのだが、何の根拠もなくなぜそんなことが分かるのか。
アイレイが右手の人差し指をくるくると回すと、彼女とドバンとの間に何かの像が現れ始めた。……幻術?と思うより早く、ドバンはそれが馴染み深い物体を模した形をしていることに気がついた。
「『類は友を知る』、だっけ?」
幻術の器には黄金の色が充たされ、ご丁寧に泡立つ様子を見せている白い蓋が付加された。
「アタシも毎日飲んでるからね」
言うが早いか、空中に描き出された二つの大杯を小気味よく打ち鳴らしてみせ、幅広のつばのついたとんがり帽子の下で魔道士アイレイはまたあの鷹揚な笑い方をした。
これにはドバン、引き攣った顔で、安堵と肩透かしの気持ちとが入り混じった苦笑いをするしかない。
(続く)