【#dbn二次創作大会】禁酒失敗そのX【即興ファンタジー(本編)】その⑤
「ねえ、これって井戸でしょ?ふだん、どうやって水を汲んでるの?」そうですね、意外と井戸から水を汲み上げるのって高度なシステムですよね。
どうも、禁酒59日目の私です。
夏の自由研究を優先してやっていたのでみんな忘れてしまったかな?今回はdbnさんの2次創作、ファンタジー連載の第5話です。長いようで短い。あと1話で終わる予定ですよ!!!
(前回までのあらすじ:
心に傷を負い、辺境の砦へと赴任してきて毎日酒浸りのドバンはある日、周辺の領民を襲った怪異に図らずも直面する。怪物との交戦中、原因不明の症状に次々と倒れる兵士たち。都からの特使レイモンサウアーの奮闘で兵士たちを辛くも救出することができたが、領民の何人かは生きたまま苗床にされてしまった。生き残った領民も含め、ドバンたちは籠城する。砦の外では、怪物たちが続々と集結しつつあった……)
リカー・ワールド・ストーリーズ
ローカルエピソード その3
ミッズワーリー砦の戦い
(Local episode 3: The battle of fort Midsworly)
ミッズワーリー砦、黒い風の月 15日、国歴225年
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「救援を呼ぶ?」
アイレイは顔を上げ、ドバンの言った言葉を繰り返した。ドバンは目を泳がせ、居心地悪そうにしている。
作戦会議──と言っても何とか動ける兵士八人とハイボル、アイレイ、そしてドバンしかいない、全戦力での話し合いだ。
あの後、怪物たちは三百ほど集まったところでそれ以上増えはしなかった。しかしそれでも砦の周りをぐるりと取り囲むには十分な数で、蟻の子一匹逃さない包囲網と言っていい。最初、ドバンは逆にこれを好機と見て、弓兵と自分とで火矢の雨を降らせてみた。至近距離で密集している相手など狙うまでもない。うまくすれば燃え上がった個体が暴れて、他の個体にも引火して一網打尽にできるかもしれないと考えたのだ。しかし、その期待は射始めてすぐに打ち砕かれた。火矢は怪物の体に刺さりはするものの、そのぬらぬらした体表は火を大して受け付けず、せいぜいが辺りに香ばしい臭いを漂わせるに留まった。特務魔道士曰く、おそらく体内の水分を表面に滲出させ、弱点であろう火から身を守っているのだろう、とのことだった。その特徴のせいで、逆にレイモンサウアーの炎の魔法剣は効いたのだろう、とも。それを聞いてドバンは力なく弓を降ろさざるを得なかった。
結局、怪物どもには何一つ有効打を与えられていない。打って出るのは無謀に過ぎるし、かといって無言で取り囲む怪物たちがいつか諦めて包囲を解いてくれるなどとも思えない。ドバンは泣きそうになりながら必死に頭を働かせた。茸のような怪物。全身が菌糸に覆われた犠牲者。レイモンサウアーたちが調査しようとしていた謎の答が、図らずも向こうから来てしまった。何の前触れも無く、何の備えもしていなかった自分たちの所へ。どうすれば良かったのか。哨戒任務をきちんと監督していれば良かったのか。近隣の集落を巡回して、不穏な噂話について耳聡くしていれば良かったのか。いや、そもそもそれをするのが駐屯兵の役目だったはずだ。辺鄙な田舎で、開拓民が疎らに住み着いているような所だから、何も起きないと高をくくってしまっていた。有事に備えての訓練もしてこなかった。国が一線で戦えなくなった老人兵をまとめて置いておくための砦だからと、自分も楽ができると思ってしまったのだ。今まではそうであっても、これかもそうとは限らないかもしれないのに。
その結果、兵の半数を負傷させてしまった。人生の終りへとゆっくり流れる小さな世界に突如襲来した脅威に、手も足も出ないままだった。のみならず、州都からの特使をもひとり負傷させてしまっている。どうあっても責任は免れまい。
いや、今、問題はそんなことではない。忘れてはならない、今もなお、自分たちは危機に瀕しているのだ。レイモンサウアーはいまだ床に伏せ、倒れた砦の兵士らも、毒ある胞子に侵された民らも、階下で毒消しの治療を受けている。なぜゆえか壁外の怪物どもは力ずくで押し入ってくる気配が無いが、あの巨体で力を合わせれば砦の扉を破ることも不可能ではあるまい。そうなれば、砦の小口に集まっている病人たちはひとたまりもないだろう。たちまち地獄絵図になることは目に見えている。もはやなりふりかまっている場合ではない。早くこの絶望的な状況から逃げ出したい、全て投げ出して誰かにすがりつきたい、助けてもらいたい。そういった気持ちが発せさせた言葉が、「救援を呼ぶ」だったのだ。
また、他人頼みになっちゃった。どうしていつもこうなんだろ。
でも、しょうがないよ。どうにもならないんだもの。私なんかの力じゃ、どうにもならないよ。
あきれられるかな。あきれるよね。私が指揮官なのに、なんの役にもたってないんだもん。
ドバンは俯き、アイレイたちの口から辛辣な言葉が出てくるのを身を固くして待った。失望、軽蔑、不信、その他ありとあらゆる負の感情を乗せた見下した視線が自分の上に注がれるのを待った。あの時と同じように。どうでもいい責任の所在を追求する、あのひどく冷酷な声と同じ物が自分の心を貫くのを。
「いいね!」
にかっと鷹揚な笑みを浮かべたアイレイにドバンは戸惑った。ハイボルが大きく頷いて言った。
「多勢に無勢は明らか。飛び道具は効果薄く、斬り込むことも難しいとあらば、ドバン殿の言われる通り、ここは門を固く閉ざし、病人の治療を続けながら援軍を待つのが定石かと。幸いにして先程砦の内部を案内して頂いた際、避難民も含めて充分な数の人間を賄えるだけの食料は確認しておりますし、砦内には井戸もある。差し当たっては病人の治療場所をより安全な場所に移しつつ、警邏を怠らないようにするのが良いでしょうな」
「だねっ。とりあえず下にいるみんなを上の階に移そう。あの化け物ども、今はおとなしくしてても、いつなんどき、押し入ってくるかわからないからね。で、救援ってどんな風に呼ぶの?通信石?鏡文字?」
「えっ……」
顔を上げ、おどおどと不安げな様子を見せるドバンはうまく声が出せない。今まで、理不尽に責任を押し付けられることはあっても、建設的な意見を出してもらったことが無かったのだ。
「あーごめん。いちおう言ってみただけ。やっぱ都会だけかなそういうの使うの」
アイレイは半眼になって片手を目の前で振ってみせた。
「そうだよねーこういうところではあれだよねー、古き良きあれを使うんだよね」
「ドバン殿、各々方、如何か?」
決断を促すハイボルに、自分を見つめる兵士たちに、ドバンは不思議な気持ちを感じた。それは軍に入って久しく感じたことのない感情だった。ほんの少しだが、ドバンの目に力が宿った。そうだ、ここには私をバカにして見下す人たちなんていなかったんだ。私のことを嫌って、いやなことを言ってくる人も、無視してくる人もいない。正しい判断だって言ってくれてる。みんな真剣に話を聞いてくれて、私を頼りにしてくれてるじゃないか。
自分のためにはがんばれなくても、せめてみんなのためにはがんばろう。この気持ちも、いつか、都合のいい考え方だって言われるかもしれないけど、少なくとも今、そんなことを言ってくる人はいない。ドバンはちょっぴり胸を張った。口から出た言葉には、ほんの少し、力があった。
「異論が無いようなら、会議を終了とする。これよりミッズワーリー砦は籠城戦に入る。全ての門を閉ざし、猫の子一匹入れないで。傷病者は現在いる小口から階上の一番大きな部屋に集めて。そこで治療を継続する。アイレイ師、引き続き治療薬の製造をお願いします。」
「兵は四班に分けることとする。アスコット、マッカランは北壁へ、」
礼儀正しい男と白い眉の老人が頷いた。
「シーバス、デュワーズは東壁を警戒、」
禿頭と髭面がそれぞれ縦に揺れる。
「ジャックとダニエルは西壁をお願い、」
面長のこの二人は双子だ。
「ウォーカーとローゼス、この南壁を守って」
重装備の二人が具足を鳴らして応えた。この二人は槍兵である。先の撤退において、レイモンサウアーに帰還を呼びかけたのも彼らだ。弓の代わりに投擲槍を大量に準備している。
「こちらから攻撃を仕掛ける必要はない。でも、連中に少しでも妙な動きがあったらすぐに知らせて。狼煙を上げるのは、私がやる」
顔に多数の傷跡が走るローゼスが言った。
「で、その援軍はどれくらいで来てくれるんだい」
ドバンは素早く頭を巡らせた。
「ヤツらがこのままおとなしくしてるとも思えねえ。何か、バケモンなりに次の手を打ってくるはずだぁ。どのくらい持ちこたえりゃいい」
「……三日」
ドバンは努めて冷静に言った。ここから最も近い軍事拠点は南西に十数里のウォーユワーリー砦で、馬で行軍すれば一日足らずの距離だが、戦力や装備品はミッズワーリー砦と大差ないと聞いたことがある。魔物の異常発生とあれば、あちらを空にするわけにもいかないだろう。十名程度が来たところで、焼け石に水だ。それどころか敵の特性をちゃんと伝えないと、全滅する恐れもある。救援を要請するのは、もっと先だ。ウォーユワーリー砦のさらに向こう、ロック森林帯を抜け、ソダー平原を越えた数十里の彼方には、要塞都市モルトがある。モルトには州軍の本隊が常に駐留している。その兵力、装備品は、州内随一と言ってもよかった。ここに救援を頼むのだ。
「三日あれば、モルトからの救援が来てくれる。それまで警戒を怠らないで」
この人数の領民と傷病兵を守りながら戦うことなど到底ムリだ。門を破られたら、一巻の終わり。ドバンはそう考えて身震いした。
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作業はそれなりに迅速に進められた。民も兵も、自力で動ける者は自分の足で砦の階段を歩いて上り、動けないほど体の麻痺が進行した者、呼吸器をやられた者は即席の担架に乗せられ、兵士たちに担がれて治療部屋へ運び込まれた。ハイボルとアイレイは一時的にドバンの指揮下に入ることとなった。この二人は都からの特使ではあるものの、身分はともかく階級はドバンの方が上なのだ。今後の作戦を円滑に進めるためにも必要な措置であろう。
ドバンは狼煙に火をつけに行く途中、砦の中庭にいたアイレイに呼び止められた。
「ねえ、これって井戸でしょ?ふだん、どうやって水を汲んでるの?」
彼女は石垣の小組みを指差している。その小組みの中は確かに井戸だが、汲み取り方は原始的にも、綱の付いた桶を投げ入れ、それを手で引き上げるというものだった。ろくに水が入っていない桶を引き上げる羽目になったことが何度もあり、しかしそれをドバンは一種の占いみたいなものだとして特に何も手を加えることはしなかった。アイレイにそれを言うのはなんとなく恥ずかしい気がして、石垣の上から、ドバンは手で綱を引っ張る仕草だけをしてみせた。アイレイはそれを特に気にした様子は無く、井戸の中を覗き込みながら言った。
「んー、じゃー、ちょっといじるかもしんないけどいいよねー」
井戸に身を乗り出して頭を突っ込みながら喋っているので、何を言っているのかドバンにはよくわからない。見えていないと判りつつも、あいまいに頷くことで返答の代わりとした。すると今度は、階段を上ってきたハイボルが声をかけてきた。
「ドバン殿、お忙しい中を失礼」
彼の後ろから民が数人現れ、几帳面に整列して並んだ。若者から働き盛りの壮年まで、六名が真剣な面持ちで直立不動の姿勢を取っている。
「この者らは比較的軽症で回復も早かった故、砦の防衛に加わりたいとのこと。皆勇敢で家族を守るために命を賭ける覚悟でおり申す。人手が足りぬ今、少しでも戦線を強化したいところです。この者らに武具を与えて、任に就かせては如何か?」
中には、最初に砦にたどり着いて「怪異な……」とつぶやいたままに失神したあの若者もいる。皆、よくも恐怖を克服して武器を取る気になったものだ。自らの無残な死よりも、愛する者が同じ運命を辿ることのほうが耐えられないのだろう。あっぱれな者たちである。
ハイボルが一歩近づき、ドバンの耳元で囁いた。
(皆、正気だ。アイレイ殿と確認した。胞子に操られている等は、無い)
そんな懸念など微塵も持ち合わせていなかったドバンは赤面した。あるいは男性に、それも背の高い伊達男にここまで顔を近づけられたことなど生涯で初めての経験だったからかもしれぬ。あわてて目を逸らし、ドバンは民たちを見やった。自らの身の内に、異性の前で格好をつけたい、というついぞ味わったことのない感情が生まれるのがわかった。
「よ、よし!」
声が上ずり、ついいつもの挙動不審な面が露呈してしまう。
「じ、じゃあ、ついてき、ついてきなさい!それぞれに、ぶぶぶ武器を与える!もしものときはそれで身を守って!」
言ってしまってからドバン、はたと気がついた。斬ったり叩いたりしては駄目なのだった。突くのはあまり意味がない。何を貸与すればいい。弓を使える者は何人いるだろうか。思案しているうちにまたしても声がかかった。今度は南壁の番をしている兵士たちからだった。
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「どうしたの!?何か、あった?!」
息せききって駆けつけたドバンに、投擲槍を手にした二人の兵士が向き直った。その表情は困惑と嫌悪感に塗れている。
「あ、あれを……見てみなよ」
ウォーカーの皺だらけのごつごつした指が指し示す壁下を見る。そこには怪物どもが少しの隙間もないほどに密集して壁に張り付いているはずだが、なぜか所々穴が空いているように見える。壁に張り付いている何体かの姿が消え、その場所がぽっかりと黒く口を開けた穴のように見えるのだ。怪物どもは空いた場所に進んで張り付くでもない。一体何が起きたというのか。
「……見えるか?ほれ、こいつを使いな」
ローゼスに差し出された龕灯を手に取り、ドバンは黒い穴となった箇所を照らしてみた。思わず、ウッ、と声が出た。怪物が立って張り付いていた地面には、悍しくも怪物の残骸と思しき粘性の液体と、僅かに残った茸の傘状の物が散らばっているだけだ。ドバンは困惑と生理的嫌悪感で目を剥き、誰に言うともなく呟いた。
「……どういうこと?あそこにいたやつは、どこに行ったの?まさか、あそこで溶けたの?」
「わからねえ。気がついたら数が減ってやがったんだ。ここからじゃよくわからねえが、きっと足元から溶けていってるに違えねえ」
「よく見てみなよ。背の低くなってる奴がいくつかいるだろ。きっと溶けてる真っ最中なんだろうさ。ケッ、いったい何のつもりでえ……薄気味悪くてしょうがねえぜ……」
ローゼスとウォーカーが交互にしゃべるのをどこか遠くに聞きながら、ドバンは混乱した頭をなんとかしようと懸命に努力していた。自滅……?いや、そんな楽観論で推し図れるだろうか……?押されて潰れた……?でも、それならもっと詰めてくるはずだ…… 寿命……?まさかの寿命?意外と短命なのかしら……?だから短時間に仲間を増やそうとしている……?でも、理由が何でも、これだけは言える。
何か、嫌な予感がする。
理屈や根拠など無い。女の勘というやつだ。ドバンは急に心細くなり、いまだ狼煙に点火していない自分の愚図さ加減を呪った。いの一番にしなければならないことなのに、何をしているのだ。急速に自己嫌悪が高まる中、観察を続けて、とだけ言い残し、ドバンは狼煙台へと駆け出した。
もう一刻の猶予も無い。奴らをまだ甘く見ていた。何かわからないが、必ず何か仕掛けてくる。確信に近い予感があった。階段を飛ぶように駆け下りる様を、ハイボルから盾を配られている民の有志たちが怪訝そうな顔をして見ている。ハイボルは何かを察したようで、何事か大声で指示を出している。
狼煙台は砦の中央、他の区画から独立した最も高い塔にある。言わば砦の中の砦、侵入を許した際に最後に立てこもる所だ。お願いだから、もう誰も声をかけてこないで。報告は後で聞く、とにかく今は狼煙に点火する方が先。階段を駆け上がる。臓腑が痛む。過度の飲酒で痛めつけられた内臓が悲鳴を上げている。こんなにつらいなんて!今度こそ、今度こそ禁酒しよう。絶対に、成功させてやるん……
ドバンはぎょっとして立ち止まった。
今しがた見たものが信じられなかった。
階段を駆け上がりながら窓からちらりと流れる景色として見えただけだが、それでも見間違えようはずもない。ドバンは階段をもう半周して一段上の窓から顔を出して下を見た。
怪物が、いた。
砦の内側に。
嘘。嘘。
壁の上の兵士たちも民たちも皆、外側を警戒している為か、誰一人気づいていない。ほんの刹那の間が、ひどくゆっくり感じられる。考えている暇も、疑問に思う暇も無い。
「入られてる!!!」
悲鳴に近い声でドバンは叫んだ。全員の目が一斉にドバンに集められ、次いで自分たちの足下あちらこちらに向けられた。
「殲滅!急いで!!」
ついにドバンは泣き出してしまった。嘘。なんで。どうして?どうやって?ちゃんと警戒してたのに。ちゃんと仕事してたのに。どうして?どうしてこんな目にあうの?いやだ。死にたくない。こんなところで、あんな風になって死にたくない。
ドバンの中にあった、先程のほんの僅かに宿った力の残り火が、体を動かし続けた。ドバンは泣きながら走り、ただ狼煙に火をつけることだけを考えて残りの階段を駆け上がった。火をつけるんだ。すぐに、火をつけなくちゃ。火をつけなくちゃ。それが今のわたしにできること──
狼煙台に飛び込んだドバンは楼に焚かれた松明を手に取り、急いで火口にそれを突っ込んだ。
突っ込んで、絶句した。
(燃えない……!)
積んである薪はおろか、火口にも燃え移りすらしない。ドバンの紅潮した顔色がみるみる青ざめてゆく。
嘘……
(続く)