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笑顔で下着を見せてくれるのは当たり前のことじゃない/戸田真琴

※この記事は北欧カルチャーマガジン「Fika」での連載「戸田真琴と性を考える」第11回と併せてお読み頂くことをお勧めします。

 「自分を安く売らないで」とはよく聞く言葉だけれど、きっと他人から言われるぶんにはたいして効果を持たないんだろうな、と思う。
 それもそう、たとえば私が今よりももっとずっと自分自身を“安く”売っていた頃、その自覚は持っていなかったように思うのだ。その値段が安いのかどうかもよくわかっていなかったし、何と比較していいのかもわからなかった。いざ現実的に比較しようものならば、それは私自身のルックスやキャラクター、肉体や存在にこの程度の値段しかつかないということに真正面から向き合わざるを得ないし、そんなことをまっすぐ見つめて心の傷つかないひとはきっと、いない。そもそも、自分に貼られた値札が納得のいく価格でなかったとして、それに異論を唱えるという選択肢すらないことがほとんどだったはずだ。この土俵で戦いたいのなら、この土俵に設置された秤によって、自分の価値を測ってもらうしかない。値段をつけられる道を選んだ女の子たちは皆、その秤が揺れ動いているあいだ、一円でも高い値段がシールに書かれることを祈るしかできない。安く売らないで、なんて私に言われても、私の値段を決めたのは私じゃない。この世界なのだから、どうしたらいいのかわからないまま、そうか、君が悲しくなるような値段で売られるような私でごめんね、と言った。そんなこと、絶対に思うべきじゃないのに。

 というのは例え話だけれど、それでも実際に、自分の顔と肉体と芸名をもってユーザーに必要とされることで成り立つ職業の人間たちは、そういう状況に立たされている。ひと昔前はそれでもまだ、今よりはましだったかもしれない。タレント(一旦、ここではグラビアアイドルやAV女優など性的興奮を含んだ人気を集めながら活動するタレントを指すことにする)を売り込むのは事務所で、ファンやユーザーは作品やイベントを通じて彼女らを知っていく。先日クイック・ジャパンのあにお天湯さんの取材に同席した際、「(グラビアアイドルたちの)脱いでいるからこその“神聖で近寄れない感じ”が好き」と発言されていたのがとても印象的だったのだけれど、SNSが台頭する以前の彼女らもきっとそういう、不厚いガラス越しの存在だったのではないかな、と予想する。私の中にももしかしたらどこか、普通に生きていたら見せない部分までを見せている人の持つ凄みや覚悟を、ある種自分とは違う世界に生きる美しいなにかとして尊敬していた部分があったのかもしれないと思う。
 実際のところ、今の私たちにSNSをやらないという選択肢はない(私は現在Twitterをスタッフ運用として半分手放しているけれど、それ自体もある意味売れるための大きな手段をひとつ自ら捨てるような行為だと自覚した上でやっている)。活動を始めた当時、私につけられた値段は今思うと著しく低く、それでもその時に生活していくためには十分な額ではあったので、それが低いということにも気付いていなかった。事務所からかけられている期待値も、所属時期が近い他の女の子たちと比べるとあきらかに低く、そこでやっと、手段を選べないことを思い知った。他の女の子のように派手に売り込んではもらえないことを悟って、それならば自分の手でできることを探そうと思い、Twitterやブログを大いに利用した。まめに発信し、手首や肩が痛くなるまでリプライを返した。その時好きになってくれた人は今はもうほとんど残っていないけれど……つまりはそういうものだったのだと思うのだけれど、好意の種類や質を選ぶ権利も存在していなかった。それは、愛されたいから、みたいな欲求とはまるで違っていて、とにかく一人でも多くの人に自分という存在を知ってもらってなんとか力を貸してもらえない限りは、今座っている椅子がすぐにでも引き抜かれてしまうのだという、恐怖の気持ちが確かにあった。こんなクソみたいな値段で、ほんとうは値段のつかないもの、途方もなく尊いはずの何かを売るのだから、せめて居場所くらいは確保しないといけなかった。

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 SNSの世界は凄まじかった。つねに大量の美しい女の子の写真が流れ、何千・何万のいいねが数字として存在感を示す。普通に撮った写真では、タイムラインに流れる完璧な美人たちのなかでどうしても浮いてしまうから、私も真似して加工する。どのアプリが流行っているとか、どうやったら綺麗に撮れるかとか、周りの大人たちに訊きながら試行錯誤が続いた。だんだんわかってくる。ニキビ跡どころかホクロも笑いジワも全部消えていて輪郭もほっそりして目も大きくて、且つ真っ白の肌に加工されていなくてはいけなくて、それをしないと「肌が汚い」「シワがある」「肌黒いね。ビッチなの?」「太った?」「目に光がなくて怖い」なんて無限にいちゃもんをつけられるから、減点されないように一生懸命加工する。

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