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娘とうさぎとお父さん。

少し前の話である。
飼い猫のワクチンを打ってもらいに、動物病院へ行ってきた。

無事にワクチンの接種が済み、副反応の経過観察のため、待合室で十五分ほど待っていると、親子連れが入ってきた。
中学生になるかならないかくらいの女の子と、そのお父さん。
患畜はうさぎ。

病院は完全予約制なのだが、お父さんが獣看護師さんに事情を説明している様子をみると、どうも予約制であることを知らず、慌てて近所の動物病院を探してやってきたようだった。

飼っているうさぎが、洗剤を舐めてしまったらしい。
女の子は青ざめていて、獣看護師さんに状況を説明するその声は、ひとしきり泣いた後のようで、すこし、ぐずっていた。

一方のお父さんは、せっかくの休日にもかかわらず、うさぎのために朝早くから車をまわし、獣看護師さんの「ご予約のお客さんが優先ですので、お待ちいただくかもしれませんがよろしいですか。」の言葉に、「いくらでも待ちます!」と、娘のためならどんとこい、という風であった。

問診表を女の子に代わってお父さんが記入する。
「『○○ちゃん(うさぎの名前)はどこで貰ってきましたか』って。ペットショップ?、ブリーダー?、それともお友達から貰ったの?」と、女の子に質問する。
女の子は涙声で、ペットショップ・・・、と答えた。
お父さんの問診は続く。
「『○○ちゃんの性格は次のうちどれですか。1、活発 2、おとなしい 3、人見知り 4、攻撃的』だって。どれ?」
活発・・・・、と女の子。

あれ、お父さん、娘が大事にしているうさぎのこと、全然知らないんだな、と二人の会話をぼんやり聞いていた私は思った。
普段、娘とあんまり話してないのかな、と。

お父さんは、見た感じ、誠実で優しそうであった。娘のために獣医さんを探し出し、休みの日に車を出して、いつ空きが出るかわからない診察をいつまでも待ってくれるお父さんである。

普段は仕事で忙しいとか、実は単身赴任していたとか、いろいろ事情があるのかもしれない。
お父さんは、娘のために一生懸命なのだが、女の子はお父さんに対して少し距離をとっている様子だった。

いろいろ、あるんだな、この二人には。と、思った。
いろいろあって、お父さんは大人の力でそれを解決しようとするけれど、女の子が求めているのは、そうじゃないのかもしれない。

他人の私にはわからない。すべては憶測にしか過ぎないが、女の子の涙の理由が、うさぎのこと以外にもあるんだろうな、というのは、二人のやりとりを聞いて、感じられることだった。

不意に、女の子と目が合った。
まだ子供で、大人にはかなわなくて、でも、自分の考えだけはあって。
それを上手く表現できない、伝えられないもどかしさ、みたいなもの。
わかってほしいけど、わかってもらえない。どうせ、わからないでしょ、みたいなもの。そういう感覚が、私の子供のころと繋がったような気持ちになった。

いろいろあるかもしれないけど、頑張れよ、女の子。
赤の他人のおばさんは、心の中でエールを送り、無事、経過観察の済んだ猫を連れて、病院をあとにしたのだった。

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ルル秋桜
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