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きっぱり、はっきり、断る。

週に1回か2回のペースで、ランチに通う定食屋がある。
通う理由は、安い、美味い、会社から近いから、だ。
私の職場周辺は、ランチ価格の相場が高い。
ビジネス街ではないから、キッチンカーも来ない。
だからといって、コンビニで済ませるのは嫌だ。
毎日の事だし、身体にいいものが食べたい。
そういうわけで、私のエンゲル係数は非常に高い。

その定食屋は、周辺の店に比べれば比較的安い、というだけで、よその地域に比べたら、それでも高いほうだと思う。
でも、1,000円しないでサバの塩焼定食を食べることができて、50円プラスすれば納豆がつけられるのは有難い。
ランチメニューも豊富で、毎日通っても飽きないと思う。
夜は居酒屋になるようで、お酒とおつまみメニューも豊富だ。

お店は、料理人のご主人と、おかみさんと、大おかみさんで切り盛りしている。大おかみさんは、おそらくご主人か、おかみさんのお母さんなのだと思う。大おかみさんは、多分、70歳を超えていると思うが、ピアスをして、お化粧もきっちりして、なかなかのおしゃれさんである。細身で小柄だが、てきぱき、ホールを仕切っている。
この間、シマエナガのワンポイントが付いたシャツを着ていたら、「あら、シマエナガ。流行ってるもんね。」と初めて話しかけられた。

大おかみさんは、少しポーっとしているところがあるので、品切れになってしまったランチメニューの注文を受けてしまうことが、ちょくちょくある。
そういう時、しっかり者でハキハキしたおかみさんが、「唐揚げ(定食)は、もうないです!」と厨房から言い放ち、大おかみさんがオロオロする光景を眺めながら、お客がモソモソと食べるのは、この定食屋のもう一つの名物だと思っている。

たくさんあるランチメニューの中で、「オムレツ定食」は、私のお気に入りの一つだ。たっぷりのバターで炒めたひき肉を、ふわふわの卵で包んだオムレツは絶品だ。
初めてこれを注文した時、オムレツだからスプーンで食べたいな、と思った。割り箸でも食べられるが、ふわふわの卵はスプーンですくったほうが食べやすい。
おかみさんに「スプーンありますか?」と聞いてみた。
おかみさんはキビキビと「スプーンはないです!」と、スパーンと斧で竹を割るがごとく言った。取り付く島がなかった。
あんまり、はっきりと断られたので、「あ、そうですか。」と、大人しく割り箸で、オムレツの続きにとりかかった。
しかし、よくよく考えてみたら、飲食店でスプーンがない、なんてことがあるだろうか。想像するに、ランチの混み合う時間に、「スプーンください」みたいな客の対応までしていると、店が回らなくなるのだろう。大おかみさんも、ヘマをやらかしてしまうかもしれないし。
「ウチは、そういうことは、やりません。」という、おかみさんの強い意志を感じた。

私のもう一つのお気に入りメニューは、「カツとカレー定食」だ。
このカレーが本当に美味しくて、是非ともカレーライスをメニューとして出してほしいくらいだが、そこまで量を作ってないのだろう。
初めてこれを注文した時、カレーが豚カツにかかっているから、スプーンで食べたいな、と思った。カレーを割り箸で食べる食べづらさは、オムレツのそれとは比べ物にならない。なにせカレーは液体である。
しかし、私はオムレツの件を思い出して、スプーンをあきらめた。
この店は、「ランチではスプーンを出さない」のだ。
私は、割り箸で豚カツを一切れつかみ、カレーをすくいあげて食べた。それもまた絶品であった。余ったカレーは、ご飯にかけて食べた。

このおかみさんから学んだ教訓は、「はっきり断る」ことの大切さだ。
はっきり断ると、相手は次から勝手にあきらめるのだ。
もう、この店で「スプーン」という言葉を発することはやめよう、と決めた私のように。

おかみさんは、コロナ対策のためか、これまでずっとマスクをしていたのだが、最近マスクをしておらず、この間、初めて素顔を拝見した。思っていたよりもずっと若く、そして、べっぴんさんだった。
飲食店の激戦区で、安価でランチを提供し続ける店を切り盛りするには、肝が据わっていて、気が強くなくては、きっとやってられない。
このお店のお陰で、毎日、美味しいご飯が食べられている。多謝。

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ルル秋桜
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