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差別、偏見を知らないうちの犬たち

私は所属する団体の活動の一つ居住支援の相談員として、必要な住人の訪問支援を行っている。
住人の特色は多様性に富み、
20代から80代、依存症、前科、身寄りなし、DV、精神障がい、高齢者、地震被災者、生活困窮、等の何かしらの問題、あるいは重複した問題を持つ人が多数入居している。
その中でも、支援チームで話し合い、
入居前に同意を得た、訪問支援が必要な住人に対し、定期訪問を行う。
訪問支援というと堅苦しいし、
名目上は安否確認、としているものの、
単に、近所のおばちゃんが顔を出すようなスタンス。
週一回、月二回、月一回、
人によって訪問頻度も異なる。
また、顔を出して声をかけながら、
部屋の様子、体調の異変、困りごとなど、さりげなく確認する。

その日は保護観察所からの委託で定期訪問を行なっていた22歳の女性の部屋を訪問する予定だった。
彼女は傷害罪を犯したが深く反省していた。
精神面での治療を継続し、服薬管理と見守り支援をこちらが行う。
トラウマ治療も開始したところだった。

ペットが好きで、勾留前もアパートで保護猫を飼っていた。
もともと体の弱かった猫は、彼女が逮捕された翌月、病気が悪化して亡くなったそうだ。
彼女は拘置所で泣き明かし、今も受け入れられていないという。
幼少期には実家で柴犬を飼っていたという。うちにもワンコが3匹、老猫も2匹いるよ、と教えたところ、
会いたい、と切望された。

お散歩がてら、というのとは違い、彼女に会わせるために、
犬3匹を連れて行った。
2階から下に降りるよう電話して、
うちのワンコたちと対面した。
その表情、自然に目も口も、全身が緩んで透明な眩しすぎるほどの笑顔がキラキラと溢れだす。
うちのワンコたちはといえば、秒で飛びつき、尻尾をちぎれそうに振り続け、襲いかかることで歓迎を表現した。
うちの子たちは、壮絶な過去を持ちながら、人間が大好きだ。
犬好きな人間なら、
誰でもいいのだ。
犬好きの人間は本能でわかる。
だから彼女に飛びかかり、
押し倒し、執拗に顔を舐め、彼女を揉みくちゃにした。
彼女は、毎日訪問している私に一度も見せたことのない笑顔で悶えながら、
やめてーーー
と高笑いしながら叫んだ。
タトゥーの入った指や腕を、
うちの子たちは容赦なく舐め倒す。
ペットセラピーの効果を一番強く感じた瞬間だった。
汚れたジーパンを払いながら、
ようやくうちの子達から離れて部屋に戻って行った。
うちの子達もその背中を見つめていた。

するとドンっと別の部屋のドアの音がした。
一階の身寄りのないアル中のおじいちゃんが、目を細めながらこちらへ向かってきた。
うちの子たちはすぐに大歓迎のポーズ。
おじいちゃんはしゃがみ込み、
おやおやこんなに洋犬がいっぱいこと、
と言いながら押し倒され肘を地面についた。
すいません、と犬達を引き剥がすと、
いやいやいいんだ、パピヨンはうちにもいたから懐かしいんだわ
とパピヨンに手を伸ばした。
おじいちゃんの口、酒とタバコの混ざった加齢口臭が、距離を置いた私にもキツく鼻についたのに、
うちの子たちは臭覚より、人間大好きの感情が勝っているのだ。
さっきの彼女と平等に、
80代のおじいちゃんに襲いかかる。
過剰な愛情表現で。
そんな光景に、野次馬っぽく加わったのは別の部屋のA君だった。
ちょうどB型作業所から帰ってきたところだった。
するとうちの子たちはおじいちゃんからすっと離れ、A君めがけて襲いかかる。
おっととと、すげー元気な犬なんね
と一瞬引いたものの
犬は好きだから触らせてと
撫でてくれた。

地べたにあぐらをかいて座っていた先のおじいちゃんが、
ずっと撫でてやりたいけど、俺も膝がわるいっけさ、
と言いながら、手をつき前傾に倒れてようやく立ち上がった。
おじいちゃんとA君が何度も振り返りながら部屋に戻った。

家につき、うちの子達を抱きしめた。
ふわふわした毛並みから、
いろんな匂いがした。
この匂いと引き換えに、
この子達も、あのアパートの訳あり住人達に幸福を与えらたような気がした。
ワンコと触れ合い、幸せホルモンで満たされていてほしい。
どんな過去も、環境も、心の闇も、
犬には、いや人間以外の動物達にはどうでもいい。
今、お互いが楽しくて幸せだと思えれば。
利害関係もない。
言葉もない。
撫でてくれればうちの子は満足。
ペットが人間と共生する意味を
この子達が教えてくれた。
繁殖引退犬は
立派なセラピストとして
今日もだらしなくソファに横になっている。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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