私の中の1000文字の世界
恋 心
わたくしは、長い間ずっとあの方に恋をしております。
あっ!でもあの方は、わたくしの気持ちに気づいてはおりません。
見ているだけで幸せなのですから、今のままでいいのです。
ささやかな願いはございますが、今は心の中に閉まっておきましょう
今日もいつものようにあの方を見ておりますと、何かいつもと様子が違っていたのでございます。
大勢の人があの方を取り囲み何かを話しておりました。
あの方は、ただ黙っているだけで何も語ろうとしません。
わたくしの心は不安でいっぱいでしたが、翌日のあの方は、昨日の出来事がなかったかのように、凛としておりました。
暖かい陽だまりの中、たくさんの人があの方を囲みながら、話しをしたり歌を歌ったりそれに合わせて踊りを踊ったりして楽しんでおります。
あの方も嬉しそうに体を揺らしておりました。その姿はいままで見たこともないくらいそれはそれは美しく見え、わたくしはただ見つめるばかりでございました。
数日後、外が騒がしいので見てみると大勢の人が来て、あの方を連れていったのでございます。
回りの人たちは、深い悲しみと寂しさの涙にくれておりました。
わたくしは、悲しみよりも喜びでいっぱいでした。
わたくしは、旧華族のお屋敷に何十年も置かれている鏡でございます。
長い年月に渡り、わたくしはこの桜の木を映してまいりました。
風が吹くと花一色でまわりをつつんでしまう桜、四季折々の美しさを見せてくれる桜。そんな桜にいつしか恋心を抱いておりました。
この桜を自分のものにしたい、そんなささやかな願いを持つようになったのでございます。
老木となり、危ないからと切り倒されてしまった桜の木
そして、わたくしの願いはかなったのでございますよ。
ほら わたくしの中に映るあの方、桜の木が見えますか?
いつまでも枯れることなく、美しく凛としてわたくしの中で咲き続けるのでございますよ。
やっと、わたくしだけのものになったのでございます。
え!鏡のわたくしが恋っておかしいですか?
もしかして、あなたたちも人ではないものに恋心を持たれているかもしれませんよ。
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