悲しい女
「子どもはまだできないの?」
上から目線というか、嫌味たっぷりの口調でKさんは言いました。
30代まで独身だった私は、結婚してからも仕事を続け、既に結婚から6年ほど経っていましたが、まだ私たち夫婦の間に子どもはいませんでした。
それでも、夫は楽観主義者で「心配ないよ。絶対できるから!」と自信たっぷりに言うし、義理の両親も一言も「まだできないのか?」などと無神経なことは言いませんでした。
ですから、私は子どもが居ないことを何とも思っていなかったのです。
それなのに、親戚でもなければ職場の上司でもない、ただの知り合いに過ぎないKさんは、会うたびに「子どもはまだ?」と聞いてくるのでした。
Kさんは幼稚園の主任という職業に就いていました。さぞかし子ども好きで優しい人なのかと思いきや、Kさんは同僚の幼稚園の先生が妊娠して悪阻がひどくて休んだりすると「悪阻は病気じゃないでしょ。そんなに休むほどつらいはずがない」と言ったとか。
思いやりの無い人と思われていました。
「子どもはまだできないの?」
とKさんに聞かれても私は怒ったりせず、やり過ごしていました。なぜなら、Kさん自身は40歳を過ぎても一度も結婚したことも無ければ、恋人がいるわけでもなく、勿論子どももいなかったからです。
年老いたご両親と、やはり独身のお兄さんと同居していると聞いたことがあります。
なかなか結婚も難しかったのかも知れません。
そんな自分の人生をKさん自身は納得していたでしょうけれど、仲間は欲しかったはずです。
そういう意味では周りは若い同僚ばかり。2、3年すると結婚したり、妊娠したりして辞めていく。
30歳過ぎてから結婚して、でもまだ子どもが居ない女性。
そんな私をKさんは自分と近い存在だと思っていたのかも知れません。
だから私の弱みを攻めてきた。そう思っています。
その後私は長男を妊娠して出産し、さすがにKさんも私に「子どもはまだ?」と言えなくなったと思っていたのですが、Kさんは一筋縄ではいかない人でした。
息子が1歳で、私はまだ2番目の子どもを妊娠する前のことでした。
たまたまKさんに会った時に今度はこう言われたのです。
「ねえ、2人目はまだなの?」と。
私を不幸な女の仲間にしたかったのかも知れませんん。
Kさんはどこまでも「悲しい女」でした。