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霧深村の恐怖

プロローグ:霧の呼び声
その村の名を聞いたことがあるだろうか。
霧深村――かつて山間の静かな地に栄えた村。しかしある日、村全体が霧に飲み込まれ、住民は一人残らず姿を消した。それ以来、その地を訪れた者は誰も戻らない。
そんな話を、田嶋涼は「よくある都市伝説」として聞き流していた。彼はフリーの記者として、奇妙な噂や都市伝説を追いかける仕事をしている。だからこそ、ありふれた怪談には慣れきっていた。だが、霧深村の話だけは何かが違っていた。
ある日、田嶋の元に一通の手紙が届いた。差出人不明。封を切ると、中には古びた地図と短いメッセージが書かれていた。

「霧深村――真実は霧の向こうに隠されている。」

地図に示された場所は、地元の伝承で「霧深村」とされる区域と一致していた。しかし、そこは公的な地図上では記載されておらず、政府の記録からも削除されたような地帯だった。田嶋の心の奥底で、何かがざわついた。
「誰がこんなものを……?」
疑念と興味が交錯する中、田嶋は村について調べ始めた。彼が手がかりを求めて訪れた地方の図書館で出会ったのが、図書館員の蒼井奈津子だった。
「霧深村について話が聞きたいんです。」
そう告げた田嶋に、奈津子は表情を曇らせた。「あなたも……行くつもりですか?」
低い声でそう言う彼女の瞳には、不安と諦めが混じっていた。
「霧深村はただの廃村じゃありません。行った人がどうなるか、あなたも聞いたはずです。」「だからこそ知りたいんです。」
田嶋は冷静に答えた。しかし彼の言葉を聞いた奈津子は、短く息を吐いた。
「分かりました。でも……警告だけはしておきます。その村に入れば、帰り道が見えなくなるかもしれない。それでも行く覚悟があるなら、この資料をお持ちください。」
そう言って彼女が手渡したのは、古びた手記だった。それには、村で失踪した人々の証言や儀式についての断片的な記録が残されていた。
「霧深村には、霧の主がいると言われています。村人たちが消えた夜、何が起きたのか――その主が全てを知っていると。」
霧の主。それは単なる噂なのか、それとも……?奈津子の話を聞き終えた田嶋は、深く息を吸い込んだ。そして覚悟を決めた。
「行ってみます。」
そう告げた彼の目の前で、奈津子は小さく首を横に振った。
「気を付けてください。霧深村は“選ぶ”んです。その地を訪れる者を。」
その言葉の意味が、田嶋には分からなかった。しかし、胸の内に生じた微かな恐怖と興奮を抱きながら、彼は霧深村への旅を始めることになる――知らず知らず、戻れない道へと足を踏み入れながら。
そして、どこか遠くから聞こえる声が彼を誘っていた。
「来い……待っている……」
田嶋がその声の意味を知るのは、まだ先の話だった。



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タコさん
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