見出し画像

ワイルドサイドを歩け

『ワイルドサイドを歩け』 ロバート・ハリス

10代の頃、友達に勧められて読んだ本だ。人生を旅するような人が書いた本で、とにかくカッコイイ。自分には真似できないが……。この本に影響されてバックギャモンをやったこともある。

今の青春世代はどんな本を読むのだろうか。『ワイルドサイドを歩け』も当時はカッコよく感じたが、さすがに20年以上前の本なので、現代の若者には伝わらない部分もあるかもしれない。ただ、こうした本は受け継がれていくうちに、その精神的なエッセンスを受け取った誰かが新しい作品を生み出してくれる気がする。

忘れられない旅

俺には20代のときに経験した、忘れられない旅がある。地元は九州なのだが、青春18きっぷを使って1日かけて帰省したこともあった(帰りは新幹線だった)。海外では中国にも行った。でも、一番記憶に鮮明に残っているのは、自転車で東京湾を一周した旅だ。

それは、友達と2人で始まった旅だった。特に「どこかに行く」という目的はなく、ただ「チャリ🚲でどこまでいけるかやってみようよ」というノリだった。時期はゴールデンウィーク。さほど暑くないし、連休のうち1日くらいならいいだろう、という軽い気持ちで決まった。

当時住んでいた東京・亀戸からスタートし、京葉道路を千葉方面へ進んだ。なぜ西ではなく東に向かったのかは覚えていないが、「京葉道路」という響きがチャリ🚲にピッタリだったからだと思う。しかし、後になって気づいたのは、千葉は道が狭いということだった。

当時はスマホなんてなかったので、現在地を把握するのが難しかった。道路の頭上にある青看板🟦を頼りにペダルを漕ぎ続ける。今いる場所の番地を確認し、コンビニの雑誌コーナーに置いてある地図と照らし合わせる。そんなことが当たり前の時代だった。若くて体力があったからこそ、こんな無茶なこともできたのだ。

しかし、どれだけ楽しんでいても、限界は必ず来る。旅のきっかけになった「どこまでいけるかやってみようぜ」という言葉が、次第に重くのしかかってきた。それはつまり、「どちらが先にギブアップするか」という戦いになっていた。「疲れたから、そろそろ帰ろう」と言ったら負けだった。「あの時、お前が言ったからやめたんだよ。俺はまだいけたんだけどさぁ」と未来永劫言われるに違いない。

そんなプライドのせいで、気づけば走行時間は10時間を超えていた。会話らしい会話もなく、朝出発したはずが、気づけば日は落ち、足はガクガク。千葉の富津市・浜金谷までたどり着いた頃には、空腹と疲労で限界だった。飯屋でようやく「これから、どうする?」という会話が生まれた。しかし、今考えると「そろそろやめよう」と言うべきだった。でも、そのときの俺たちはなぜか笑いが止まらなくなった。人は極限状態になると「笑う」。脳内麻薬とは恐ろしいものだ。

そんな恍惚状態のまま店を出ると、目の前に「浜金谷発→横浜行きフェリー⛴️」の青看板🟦があった。奇跡が起きた。「そろそろやめよう」の一言は結局言えなかったが、横浜経由で東京に戻るルートが生まれた。その日はフェリーで横浜へ渡り、野宿。そして翌日、横浜から東京に帰った。1日の予定が2日間に延びた。余裕はなかったし、基本無言だった。でも、途中で「もう二度とやらない」と心に誓った。

……まあ、その後も無事に家には着いたのだが。

そして今

俺は今、まさにあの頃のような旅に出る計画をしている。ただし、今回は東京湾ではない。「太平洋」だ。

そのために、仕事を辞める。賃貸も解約する。貯金を切り崩す。ほとんどのことを放り投げる。そして、あの時の恍惚状態をもう一度味わう。

旅は終わらない。Adiós。


いいなと思ったら応援しよう!