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幽霊人命救助隊
『幽霊人命救助隊』 (文春文庫) 高野和明 文藝春秋 / 2007年4月10日発売
この本のタイトル「幽霊人命救助隊」に、養老孟司さんが巻末の解説でツッコミを入れている。確かに、このタイトルを見たとき、俺は読むのを少しためらった。しかし、読み始めると止まらない名作だった。明言されてはいないが、この本はカウンセリングの本質について描かれていると思う。
本書の主人公たち4人は、それぞれに悩みを抱え、自ら命を絶ってしまった。そして死後の世界で出会い、突然現れた「神」から天国へ行くための条件を与えられる。それは、「幽霊として現世に戻り、自死を選ぼうとしている人々を救え」というものだった。
幽霊となった彼らには特殊な能力が備わる。人間と重なることで、その人間の意識や感情が流れ込んできて、考えや気持ちがわかるのだ。さらに、「メガホン」を使うと、思い詰めた人の心にわずかに響く声を届けることができる。
この設定こそが、カウンセリングの本質を表している。重なった相手の意識が流れ込む能力は「共感力」、メガホンは「相手を思いやる言葉」の象徴ともいえる。救助隊は、「相手の悩みを自分のことのように受け入れ、思いやりのある言葉をかける」。これは、心理療法の巨匠カール・ロジャースの「クライアントの体験を、カウンセラーがまるで自らのもののように理解しようとする」という共感的理解のカウンセリングを、霊的な形で完璧に体現している。
彼らが救助するべき相手は100人。その中には、つい感情移入してしまうキャラクターもいる。たとえば、福原君や内村さん。彼らの境遇に心を寄せると、思わず怒りの感情がこみ上げてくる。しかし、少し冷静になると「これはフィクションだ」と気づき、怒りも消えてしまう。こうした感情の移ろいも、本書のテーマの一つとして描かれている。
幽霊が人間と重なることで感じる主観と客観の違いが、「人の悩みは本人にしかわからない」ということを読者に気づかせる。また、「死のうとする人たちの問題は、心の中だけにある」というセリフは、普段自分がどれほど主観的な視点で物事を見ているかを考えさせられる。
共感が生まれたとき、人は自分のつらさを誰かと共有するだけでなく、他者の視点を得ることで自分自身の認識のゆがみを正し、成長することができる。これが本書の重要なテーマのひとつだと感じた。
主人公の祐一は、自身を自死まで追い詰めた父親と向き合うことになる。物語の中で、彼は父の気持ちを理解し、恨みを手放して、父の幸せを願う気持ちへと昇華させる。この難しい問題を乗り越えたことで、神との約束である「天国へ行く条件」をクリアする。
しかし、エピローグでは、同じ病院で同じ日に生まれる一人の女の子と三人の男の子が描かれる。すやすやと眠る赤ちゃんたち。戦いに出る前の、束の間の安息にいるようなシーンだ。
「あれ?神様、天国に行かせてくれるって約束じゃなかったの?」
クスリと笑わせるユーモアと、次の展開が気になるストーリー、細やかな心理描写。そして、読後に元気をもらえるような物語。タイトルで敬遠せずに、ぜひ読んでほしい一冊だ。