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リビング

 年始休暇も終盤にさしかかると年賀状を出さなかったことを後悔し始めるのは毎年恒例だった。小さい頃は毎年その年の干支の絵を消しゴムハンコにして真っ白な年賀状の背中に押していたけれど、今じゃそんなこともしなくなって、メールで数人に挨拶する程度の規模の小さいものになっていた。
 正月にまつわる思い出は数あれど、その中でも一羽の鳩のことが私の記憶に食い込んで抜けなかった。目を瞑った鳩は段ボールの中で横になって、毛羽だった体から羽毛が抜けかけていた痛ましい姿をしていた。多分小学三年生くらいの頃だろう、ジョギングウェアを着た男の人と、スウェット姿の女の人が死んだ鳩のために穴を掘っていて、私はその時彼女たちと二言三言話したんだけれど、動かない鳩が怖くて逃げたのだった。
 いまも、鳩はあの庭の土に埋まっているんだろうな。
 餅の食べ過ぎで痛んだ腹がグルリと鳴り、こたつを出てトイレに向かった。
「今ばあちゃんが入ってるよ」云わずともわかるといったふうに母が私に云った。私はなんだか恥ずかしく、違う、冷蔵庫、と言って用もないのに冷蔵庫を開けて、ドアポケットにあったちっちゃなヤクルトを飲んだ。実家のリビングは散らかって取り返しがつかない。部屋の色はがちゃがちゃしていて統一感がない。物と物とが色や形を主張しあって目にやかましく、落ち着かないはずなのに穏やかでいられるのは正月の空気がそうさせるのか、なんなのか、まだ分からない。こたつ机には当たり前みたいに置かれた山盛りみかんの籠が真ん中に置かれていて、こたつから上半身だけ出してうつ伏せになって携帯をいじる妹がみかん取ってと云って母に自分で取りなさいよと叱られていた。妹は先月のクリスマスで彼氏に振られたのがショックで通っていたジムを辞めたらしい。昨日気を遣ってかわいそうだね、と言ったら持っていたタバコの箱を投げつけられた。テレビでは積雪のニュースが流れていて、まだこの国に雪の降る地域があるのかと思う私はヤクルトを持ちながら祖母がトイレを出てくれるのを待っている。

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