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月で魚を釣る

 釣り餌にしたまん丸の月を夜の池に投げて魚がかかるのを待つ。夜の暗さに水面みなもは黒くて、その下でぼんやり光る月の明るさはぴくりとも動かない。
 後ろから足音がして、誰だろうと思ったら近くに女の子が立っていた。白い薄手のワンピースを着て、長い黒髪を後ろに流している。
「こんばんは」と僕は言った。
「こんばんは」と女の子は云った。「釣れそうですか」その子は夜の暗さの中でも、まるで細かい砂で磨いた滑らかな水晶みたいな美しさだった。
「さっぱり」
「そうですか」
「君は、散歩かい」
 ええ、とその子は云った。
「結構だけど、ここは危ないんだから、早く帰るんだよ」と僕は言った。女の子は素直に帰って行った。
 やがて吊るした月がみなもに輪を作って沈み、僕は糸をたぐる。たぐった糸の先には金魚がいた。ひしゃくで掬い上げて、金魚から針を外して水槽の中にいれる。金魚は水槽の中で長い尾鰭おびれをゆらしてまた泳ぎだした。

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