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ギホー部へようこそ 3-3 死の直前、南雲悠が残した不可解なメモ。

前回までのあらすじ
大手医療機器メーカーの広報部で働いている村山里穂は、ある日突然『部署留学』という新制度の対象として選ばれた。派遣先は研究所内にある『技術報告書管理部』通称“ギホー部”。はじめは不満を持っていたが、技法がどれだけ会社にとって重要かに気がついていく。そんな中、昔曽根崎の下で働いていた南雲悠が、7年前に自殺したと知る。南雲悠の技法から、彼が心房細動について熱心に調べていたことがわかり…。

第3章 Vol.3
 
柔らかい日差しに包まれた日曜日の昼過ぎ。
 
「里穂ちゃん、久しぶりー」
「拓実くん、今日はありがとう」
 
里穂は拓実にドライブに誘われ、埼玉の秩父市を訪れていた。
 
「でも、びっくりしたよ。どこ行きたいって聞いたら、墓参りって言うんだから」
「ごめんね、ちょっとどうしても行きたくて」
 
里穂は新田と話した後、やはり南雲の死の真相が気になってしまい、南雲と同期だった他の先輩に頼み込んで、お墓の場所を聞き出していた。
 
緑で囲まれた霊園には、花が沢山添えられている。その中でも特に綺麗に手入れされ、新しい花を添えられた墓石に目がいく。
 
「これだ、南雲悠さんのお墓…」
 
里穂と拓実は、近くで購入したお香と花を添えると、静かに手を合わせた。
 
写真でしか見たことがないのに、南雲を昔から知っているような、不思議な感覚に襲われる。
 
するとそこに、60過ぎの女性がやって来た。
 
「あら、うちの息子のとこに来てくれたん?会ったことあるかしら?」
「あ、いえ、えっと…」
 
彼女はどうやら、南雲悠の母親らしい。まったく関わりのない里穂がこんなところまで来たことを不信がるのでは、と口ごもっていると、拓実が助け舟を出した。
 
「南雲さんは会社に入った時にお世話になって。でも、すぐに部署を移動したので、最近まで亡くなられたことを知らなかったんです」
 
行きの車の中で、拓実に理由を説明しておいてよかった、と里穂は感謝した。
 
「そうなんです。それで遅くなりましたが、お参りさせてもらいました」
 
「そっかそっか、わざわざありがとう。もう7年も経つから、みんな忘れてると思ってたけど、嬉しいねぇ。そうだ、ちょっとうちに寄って行かない?すぐそこなの」
 
里穂と拓実は「はい」と答えると、車で5分ほどの彼女の家へと向かった。
 
家には南雲悠の父親と犬が一匹おり、リビングには生前の南雲悠の写真がいくつも飾られている。
 
犬好きの拓実は、庭で犬と戯れている中、里穂は出されたお茶とお菓子をいただきながら、南雲の母親と話をした。
 
「遠くからありがとうね。いつもは夫と二人だから、お客さんが来てくれて嬉しいわ。悠は、会社ではどんな子だった?」
 
「南雲さんはとても優秀で熱意があって、みんなに愛されていました。今、仕事で先輩が書いた書類を読み返しているんですけど、どれだけ仕事を頑張っていらしたのか、すごく伝わってきます」
 
里穂の言葉を聞いた南雲の母親は、「だからって、心を病むまで仕事をするなんて…」と、眉間に少し皺を寄せる。
 
「すみません、あの…心を病んでたって言うのは…?」
 
「あぁ、あなたは最近知ったから、知らないのね。あの子ね、自分からトラックの前に出て行ったんよ。仕事で病院に行った帰りにね、バスを待っている時に。防犯カメラで確認したんだけど、何かくうを見つめながらフラフラって。どうしてあんなことを…」
 
言葉を詰まらせる彼女を見て、里穂は傷口をえぐってしまったかと申し訳なくなる。
 
「悠はいつも夜遅くまでずっと働いていたの。それで精神的に病んでしまったんだと思う。当時、あの子の上司に“悠が死んだのはあなたのせい”って言ってしまったけど、あの人だけね、いまだに毎年悠のところに来てくれるのは」
 
南雲の母親は、許せない思いと、忘れないでいてくれる感謝の気持ちが入り混じったような、複雑な表情を見せる。
 
そしてすぐに、話題を変えるように言った。
 
「ごめんね、せっかく来てくれたのに。あの子の部屋、見ていく?まだそのままにしてあるから」
 
「あ、はい。ありがとうございます」
 
そう言って彼女は、二階にある南雲悠の部屋を案内した。
 
部屋の中は綺麗に掃除・整頓され、今も彼が住んでいるようだ。
 
知らない人の部屋をまじまじと見てもいいものかと少し躊躇するが、南雲の母親がニコニコとしながら、一つ一つの思い出を語る。その中で、里穂は机の上に置いてあった黒いメモ帳に目がいった。
 
それに気がついた南雲の母親が、そっと手帳を手に取り、里穂に渡す。
 
「これ、あの子が最後に持っていたメモ帳。色々と思いついたことなんかをメモしていたみたい。仕事のことばかりだから、私が見てもわからないんだけどね…」
 
「あの、中を見ても?」
 
「ええ、どうぞ」
 
里穂は壊れ物を扱うように、丁寧にメモ帳を開き、ペラペラとめくっていく。南雲の資料のファイルに書かれていたのと同じ、細かい文字で、隅々まで彼の考えやアイデアが書かれている。
 
「細かいでしょう?あの子昔っから、のめり込むタイプでね。考え出したら止まらんのよ。私が何か話しかけても知らんぷりで、ずっと集中してた」
 
そうなんですね、と里穂はめくっていく。そして最後のページに辿り着いたところで、手が止まった。
 
これまでの細かい文字とは違い、1ページ丸々使って、大雑把な絵が描かれていた。
 

南雲悠のメモ


「これ…なんでしょう?ボールと…傘?」
「ね、私も思ったんよ、ビーチボールとパラソルみたいって。最後にね、防犯カメラで見た時、悠がバス停のベンチでこれを書いていたの。夏でもないのに、変だなって。それに、仕事に関係してるとも思えないし…」
 
メモ帳には、逆さになったパラソルのようなものと、ビーチボールのような絵が書かれている。
 
南雲悠が亡くなったのは、11月。急に夏が恋しくなったのだろうか?
 
「あの、すみません。その防犯カメラに、他に何か映ってませんでしたか?人とか、お店とか」
 
「そうね…。人はあまりいない時間だったから、あの子以外は何も」
 
「そうですか…。あの、このページ、写真を撮らせてもらってもいいですか?」
 
里穂はスマホを取り出し、最後のページの写真に収めた。
 

 
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうね。いつでも来ていいからね」
 
里穂と拓実は南雲家を後にし、車を走らせる。
 
「この後、どこに行く?まだ3時だから、どこか寄ってから帰ろうか」
「あの、それならもう一件だけ付き合ってくれない?南雲悠が最後に行った、バス停に行きたいんだけど…」
 
言いかけて、「しまった」と里穂は思う。関係のない拓実を、運転手のように自分の都合に付き合わせてしまっている。流石にこれ以上は申し訳ない、と感じたのだ。
 
「あ、いや、やっぱりいいよ。今度は拓実くんの行きたいところに行こう」
「いいよ、行こうよ。里穂ちゃんが行きたいところが、俺も行きたいところだよ」
 
本気でそう思っているのか、拓実は鼻歌まじりに快諾した。
 
それから車を走らせること1時間強。
 
二人は東京都と埼玉県の境界に位置する、ある場所にやってきた。そこは、市民病院近くのバス停。南雲悠が最後に座っていた場所だ。
 
「ここが、彼が最後に居た場所か…」
 
山の麓にあり、バス停の手前は曲がり道になっていて、確かに見通しは悪い。それでも、車がすぐ近くにいるかどうかは把握できる程度。車に気がつかずに、しかもふらふらと道路に出ていくのは、不自然すぎる。
 
里穂と拓実は、ベンチに座ってあたりを見渡した。
 
道路を挟んだ向かい側には、コンビニエンスストアと飲食店が並ぶ。そして左斜め向かい側に、小さな駄菓子屋があった。
 
− 今の時代、コンビニでなんでも買えちゃうから、あの駄菓子屋は大変だろうな…。
 
何気なく見ていると、子どもたちが数人やってきた。お目当ては、店の前のガチャガチャのようだ。
 
それを見て、拓実が言った。
 
「懐かしいな。俺も昔はまだ地元に駄菓子屋があったからさ、そこでいつも友達と集まって遊んでたな。駄菓子を食べながら、買ったカードとかシャボン玉とかで遊んでさ…」
 
「シャボン玉…」
 
里穂は突然、すくっと立ち上がる。
 
「ねぇ、ちょっとあの店に行ってもいい?」
 
中へと入ると、里穂は店主の70代くらいの男性に、話しかけた。
 
「すみません。7年前って、このお店やってましたか?目の前の道路で事故があったと思うんですけど…」
 
「ん?あぁ、よく覚えてるよ。若い男性がトラックに轢かれたって騒ぎになってな。あん時店にいて、外が騒がしいから出ていったら、上の市民病院から救急車が来てた」
 
「その時、店の前で子どもが遊んでませんでした?例えば、“あれ”で遊んでたとか…?」
 
里穂はそう言って、店の中のある物を指差す。店主は考え込むような表情をし、思い出したように言った。
 
「そうそう、子どもが二人店の前で遊んでたな。当時“それ”をゲームの景品としてあげてたんだ。だけど、その子たちは関係ないよ。ずっと店の前にいたし、その男性が倒れた位置とは30メートル以上は離れていた。だから青年が飛び出したのは、子どもを助けようとした訳じゃないと思うけどな」
 
「わかりました。ありがとうございます!」
 
里穂は丁寧に頭を下げると、考えをまとめるため、急いで店を出て行った。

次の話(最終回)


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