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ギホー部へようこそ 2-1 将来の夫候補が現れた?

前回までのあらすじ
大手医療機器メーカーの広報部で働いている村山里穂は、ある日突然『部署留学』という、新しく導入された制度の対象として選ばれた。派遣先は研究所内にある『技術報告書管理部』通称“ギホー部”。初めは不満タラタラだった里穂だが、あることをきっかけに、ギホー部が単なる窓際部署ではなく、開発者たちの想いを保管する、大切な存在だと気が付く。

第2章 Vol.1
 
「えーっと、では、自己紹介から〜」
 
日曜日の20時。
 
友人の彩美に誘われた、恵比寿のイタリアンで開かれた飲み会に、里穂は来ていた。
 
「〇〇総合商社で一般事務の、彩美です。趣味は美味しいものを食べて、真似して自分で作ることです♡」
 
彩美は本当は大手総合商社の総合職。バリキャリだが、飲み会では相手によって自分の職種を変える。
 
彩美の自己アピールに、男性陣が食いついた。
 
令和だというのに、まだ料理女子がモテるのか、と里穂は呆れる。
 
そもそも彩美の言葉に隠された「作らせるだけじゃなく、美味しいものも食わせろよ」という無言のプレッシャーには、誰も気がついていないようだ。
 
「じゃあ次、お隣の…?」
 
「えっと、村山里穂です。医療機器メーカーで…」
 
言いかけて、一瞬止まる。ここで「技術報告書管理部」などと言って、誰が食いついてくれるだろうか?
 
「えっと、広報部で働いています。趣味は、街散策をして素敵なカフェで読書をすることです」
 
読書など、全くの嘘だ。ただなんとなくその場の空気に飲まれ、里穂はそう答えた。
 
「読書か、いいね。どんなのを読むの?」と聞かれ、慌てて聞いたことのある本の題名を列挙し、なんとかその場を凌ぐ。
 
今日の飲み会は、なかなかの当たりだ。
 
外資ITやコンサル、商社など、将来有望な人材が集まっている。その中で、外資消材メーカーに務める、早川拓実という、顔もなかなか好みな男性がいた。
 
21時50分。
 
みんなが盛り上がり「2次会に行こう!」となったところで、里穂が言った。
 
「ごめんなさい、明日早いので、私は今日はこれで…」
 
すると、お目当てだった早川拓実が、残念そうに言った。
 
「そう?里穂ちゃんどこに住んでるんだっけ、送っていこうか?」
 
ありがたい言葉なのに、ぎくりとする。
 
神奈川の端っこで、ここから1時間半、さらにタクシーで20分のところにある会社の寮、などと言える訳もない。
 
なんせ、本社の広報部にいる設定なのだ。
 
「いえ、大丈夫です、ありがとうございます。じゃあ」
 
里穂は逃げ去るように、その場を後にした。
 

 
「はぁ〜」
 
研究所までの険しい坂道を登りながら、里穂は朝から盛大なため息を漏らす。
 
毎朝のぼる坂道のせいで、ふくらはぎの筋肉がカチコチになって痛い。でもそれより、昨日の出来事が惜しばまれた。
 
「やっぱり、2次会に行けばよかった…。でも、そうしたら寮に入れなくなっちゃうし…」
 
里穂のいる寮は、12時を過ぎるとシャッターが閉まって入れなくなってしまう。原則それ以前に帰るか、12時を超える場合は、事前に理由を申告する必要があるのだ。
 
− それにしても、早川拓実くん、見た目も好みだし、職業も申し分ないし、感じもよくて素敵だったな。連絡をしようか…。
 
Instagramを探せば、連絡を取れなくはない。幹事に連絡先を聞いてもいい。
 
けれど、そこまでして必死感を出した29歳(あと2ヶ月で30歳)など、引かれるのではないだろうか?とはいえ、送らければ関係は終わってしまう。どうするべきか?
 
里穂はスマホを取り出して、考え込んだ。
 
その時、ちょうどLINEの通知が届いた。送り主は…昨日の幹事の女の子。
 
『おはよ。昨日は楽しかったね。早川くんって覚えてる?あの子が里穂ちゃんの連絡先教えてっていうから、教えていいかな?』
 
里穂は思わずスマホを空へと掲げた。
 
− あぁ、神様、ありがとう!三十路の崖っぷちの私にも希望を持たせてくれて…!
 
その横を新田が「宇宙と交信でもしてんのかー?」と言いながら、通り過ぎていった。
 
− せっかく気分がよかったのに、最悪。
 
里穂はすぐに気を取り直すと、幹事に『いいよー♡』と送り返した。
 

 
それから何時間が経っても、早川拓実から連絡が来ない。
 
きちんと連絡先を送ってくれたのか気になったが、しつこく聞くのもどうかと思い、里穂は我慢して待ち続けた。
 
それから3日が経つも、連絡が来ない。夜になり半分諦めた時、スマホが通知を知らせた。
 
『Takumi: こんばんは。早川拓実です、先日の飲み会で一緒だった。里穂ちゃんのことが気になったので、連絡先教えてもらいました』
 
テンションの下がりきっていた里穂だったが、一気に元気を取り戻す。
 
『Riho: こんばんは。連絡嬉しいです』
 
『Takumi: 今度、どこかでご飯でも食べませんか?二人で。ゆっくり話してみたくて』
 
里穂は小躍りしながらも、丁寧に返信した。
 
『Riho: 是非。私も拓実くんと話したいと思っていました』
 
『Takumi: じゃあ今週の土曜日とかどう?晩飯でも食べに行こうか』
 
早川拓実からの返信に、里穂は思わず「よっしゃ」と叫ぶ。もしかすると、30歳までに、将来の夫候補が見つかるかもしれない。
 
ニヤニヤとしながらOKの返事を返すと、里穂の頭の中では早速、土曜日のデートの妄想が繰り広げられるのだった。

次の話


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