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ギホー部へようこそ 2-4 「検査だけで不妊治療に効果がある?」その真意とは

前回までのあらすじ
大手医療機器メーカーの広報部で働いている村山里穂は、ある日突然『部署留学』という、新制度の対象として選ばれ、研究所内にある『技術報告書管理部』通称“ギホー部”へ一時的に移動することに。ある日、食事会で知り合った早川拓実の義姉・美希の不妊治療に関する相談を受け、技法からヒントを得た里穂は、美希と会うことに…。

第2章 Vol.4

 
次の日、里穂はまた早川拓実と共に、美希の家へやってきた。
 
挨拶も早々に済ませると、早速本題へと入った。
 
「まず初めに、美希さんのクリニックで行われた初期の検査について、聞かせてもらえますか?」
 
「検査?確か初めに月経周期だとかのアンケートを書いて、あとは血液検査をしたんだったかな?」
 
里穂が「他には?」と聞くと、美希は首を横に振った。
 
「そのクリニックは、体外受精を一番に薦めませんでしたか?他の治療法ではなく」
 
「そうそう。私が当時34歳だったから、一刻も早く結果の出る体外受精をした方がいいって。でも料金的にも高いから、まずは人工授精をお願いしたの。でも結局、体外受精に移行したわ」

(※人工授精:女性側の排卵の時期に合わせて、精子を子宮内に注入する方法)
(※体外受精:卵子と精子を体外で受精させ、受精卵を妊娠しやすい時期に子宮に戻す方法)
 
美希の返答に、里穂は無言で頷き、言った。
 
「もしかしたら、美希さんの不妊の原因は、他にあるかもしれません。運が良ければ、検査をするだけでも、効果が出る可能性もあります」
 
「検査だけで!?どういうこと?」
 
初めは女性同士のセンシティブな話に、居心地悪そうな顔をしていた拓実が、驚いた声をあげる。
 
「あくまでも、運が良ければ、ですが。美希さんの行っていたクリニックは、あまり丁寧な施設ではないようです。確かに35歳を超えると、妊娠率が急激に低下していく、というデータが出ています。なので、30代半ばになると、一刻も早く成功確立の高い体外受精を進めるのは、妥当と言えば妥当なんです」
 
「じゃあ、そのクリニックは間違ってないんじゃ…?」
 
拓実の反応に、里穂は頷きながも眉間に皺を寄せた。
 
「ただ、一部のクリニックでは、やみくもに体外受精を進めるところがあるのも事実です。それはやはり、儲かるから。それで妊娠できなかった患者には、“あなたの胚が悪いから仕方がない”と言う。実際に胚の染色体異常が原因のことも多いので。ただ、話を聞く限り、きちんと検査をされてないですよね?子宮内とか…」(※胚:受精卵が細胞分裂したもの)
 
「えぇ、特には」
 
里穂はそういうと、ネットから引っ張ってきた、ある医者のインタビュー記事を見せた。それは、里穂がヒアリングの報告書で見つけた先生だった。
 
「この先生、不妊ではなく女性疾患、つまりは女性特有の病気に関して有名な先生なんです。彼の話によると、体外受精でうまくいかない場合、子宮内環境が原因の場合も考えられるって」
 
「子宮内環境…?」
 
「そうです。美希さんは月の物が重いって言ってましたよね。つまり、毎月の出血量が多かったり、痛みを感じているのではないですか?」
 
美希は戸惑いながらも頷いた。
 
「もしかしたら、子宮内膜症や腺筋症、筋腫、ポリープなどがあるかもしれません」
 
聞きなれない病名に、拓実は「え…」と顔を青ざめた。
 
「良性疾患ですし、死に関わるものではないのですが、念の為に検査をされた方がいいと思います。これらが原因の場合、それを取り除けば、妊娠につながる可能性があります」
 
ヒアリングの報告書には、こう書かれていた。
 
“女性疾患は死に直結しないため、軽く捉えられがち。だが、それが不妊に繋がったり、一部の病気では癌に移行する可能性も示唆されている。早期治療が望ましい”
 
美希は思い当たる節があったのか、納得するように言った。
 
「生理痛や出血量が多いのなんて、私には当たり前だったから、気が付かなかった。それに、医者のいうことがすべてだと思ってたから、疑いもしなかった…」
 
里穂が大きく頷く。
 
「そうなんです。子宮関連の病気って、他人と比べることができないからこそ、気づくのが難しいみたいです。だから辛くても、放っておく人が多いんです」
 
先ほどの報告書の最後は、こんな言葉で締められていた。
 
“月経のある女性の約3割が毎月苦しんでいると言われる。QOL(生活の質)や新しい命、将来の癌の可能性を考慮すると、見過ごしてはいけない問題である”
 
女性たちを何とか助けたいと願いながら、大量の資料を残した開発者たちの思いが、里穂は感じられた。
 
ここで、拓実が思い出したように聞いた。
 
「初めに言った、検査だけで効果があるかもっていうのは…?」
 
「そう。子宮内環境が悪いって言う意味は、子宮内のポリープによる凹凸や、内膜症による炎症性サイトカインが、受精卵の着床(子宮内膜に接着し、胎盤を形成すること)を防いでいる可能性があるからなんだけど…」
 
「着床?サイトカイン?」
 
ぽかんとする二人に、里穂は慌てて言い換える。
 
「つまり、子宮の中がデコボコで、さらに悪い物質がいるってこと。それらを洗浄して綺麗にすれば、妊娠しやすくなるんです。ポリープや軽い内膜症の場合は、子宮内をカメラで検査する際に、ポリープを取り除いて中を洗うことによって、妊娠率が変わる、と言われています」
 
「へぇ、試してみる価値はありそうだね」
 
里穂はカラカラになった喉を、出された麦茶で一気に潤わせる。
 
「ただ、私は専門家でもなんでもないので、一度先ほどの先生のところで相談されるといいかと思います。もし隠れた病気がある場合は、そこできちんと治したほうがいいですし」
 
「ありがとう…。すぐに予約を取って行ってみるわ」
 
そう言った美希の目には、少しだけ、希望の光が映っていた。
 

 
それから1週間後。
 
『Takumi: 美希ちゃんから。“ポリープと軽い内膜症の疑いがあり、今度検査することになったよ。その後再度、不妊治療をトライしてみようと思う。里穂ちゃん、本当にありがとう!”』
 
感謝を示す顔文字と共に届いた拓実からのメッセージに、里穂は安堵のため息をついた。
 
報告書を読んだだけの自分が、偉そうに助言をするのは間違いだったのではないか、と心配だったのだ。
 
結果はまだわからないが、少しは誰かの役に立てたことが嬉しくて、鼻歌を歌いながら休憩も兼ねてコーヒーを買いに行くと、自販機の前に新田がいた。
 
「お、村人A。鼻歌なんか歌って、彼氏でもできたか?」
 
「新田さん、それ、セクハラですよ。ってか、彼氏がいないって決めつけないでください。いませんけど…」
 
そこで、先ほどの拓実からのメッセージを思い出す。
 
拓実との連絡の内容は、最近では美希のことばかり。
 
結局、拓実の自分に対する興味は、“医療機器メーカーに勤めている”という点でしかなかったのか、と急に落ち込んだ。
 
「なんだよ、突然悲しい顔して。忙しいやつだな」
 
「せっかくいい気分だったのに、嫌なこと思い出させないでくださいよ」
 
その時、メッセージが届いた。拓実からだ。
 
『Takumi: 色々と本当にありがとう。よかったら、また会ってくれない?今度は二人で』
 
里穂はスマホを確認すると、思わずニヤけた。
 
「うわ、今度は笑った、気持ち悪ぃ。仕事しろ、仕事」
 
「はいはーい」
 
里穂は返事をすると、わざと大きな声で鼻歌を歌いながら、仕事に戻った。


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