1日1000字チャレンジ#18

「タバコ」

タバコの煙は銘柄によって多少異なるらしい。
禁煙を続けてから、しみついていたタバコの匂いはすでにこの体から離れただろう。自分ではよくわからないし、喫煙してる頃の知り合いはいない。
昔、あこがれていた人が吸っていたので購入できる年齢になってすぐに吸い始めた。
あのころ、隣でよく嗅いでいた匂いが自分から漂うのを感じたときには、たとえようがないくらいに嬉しかった。大人になったという感慨と、もうこの煙を教えてくれた人とは二度と会うことはないのだということが如実に感じられた。
禁煙を決めたのは、3回忌を迎えたときの事だった。
始めこそは嬉しかったものの、時間がたつにつれどうしようもない喪失を感じたからだった。
墓前に未開封のタバコの箱を供え、そこで弔ったのだ。己の故人に対しての執着のようなものもすべて。あの時のあこがれも、ともに過ごした記憶も一緒に弔った。
禁煙を始めると不思議とすとん、とやめることができた。むしろ中途半端だった自分のことが浮き彫りになるような気分がした。しぐさ、タバコ、立ち振る舞い、いくら似せようとしても自分とは違う人の習慣だとかは馴染むことがなく違和感だけが心に常に残っていた。
こだわりもなく使い続けていた唯一のライターを無心で手で遊ばせながら、電気を落としたままの室内を見渡す。自分の趣味ではないものが多く存在するそれを、思い立ってゴミ袋に詰めていく。
派手な柄のシャツ、値の張るコート。銀のアクセサリー、次々開けたピアス。当人からもらったファッションリング。
あげる、と何のためらいもなくもらった。それだけではなく、まるでものに対する執着もなくあっさりと渡してくるのを受け取り続けていた。
そのときから、あるいは予定していたのかもしれない。
煙のような人だった。
のらり、くらりと柳の葉のように揺れ、おおよそ生活というのを感じさせなかった。つい最近買ったのだというものまであっさりと人にあげてしまったときにはなぜか隣にいただけの自分が喪失感を覚えたものだった。
なぜか、その人自身が減ってしまうようで、怖かった。
そういう人だとわかっていたから口出しこそしなかったが、もう少しものであれ人であれ何かしらの執着さえあればまだ、ここにいただろうか。と思ったものだった。
でも、もう捨てよう。
袋に詰めていっていたとき、軽い音がして床にもう全部捨てたと思っていたタバコが出てきて、ため息をつきながらゴミ袋に入れる。
古くなっていたようで、もう何の匂いもしなかった。

///感想///
別れとタバコ、煙のように消える。

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